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第3話 事件(3)

 和樹はつい笑いそうになったが、こらえた。「そいつ、マジでそんなこと言うの? だって、知ってるんだろ? エミリが水泳選手だっての。」 「知ってるよ。だって紹介した先輩だってスイマーだもの。そもそも先輩の競技の時の写真見て、そこに映ってたあたしのこと気に入ったみたいなのね。要は、自分があたしの水着姿をそういう目で見て気に入ったから、ほかの男もそういう気になったらどうするんだ、もう見せるなって発想なの。」 「何それ、気持ち悪っ。…あ、ごめん、彼氏……なんだよな?」 「……その時まではね。それでもう無理ってなって、別れたいって言った。それがゴールデンウィーク明けた頃だったかな。だからつきあいだしてから1ヶ月も経たないぐらいよ。それなのにずっと連絡は来るし、着拒したら、先輩伝いに復縁を申し込まれたり。先輩に事情を言ったら、逆に変なの紹介してごめん、あんな奴じゃなかったのに……なんてすごい恐縮して謝られて、先輩からも断ってもらったんだけどね、そしたら、強行手段で家まで来るようになって……。」 「家、知ってるの。」 「それが、2人だけで会ったのって3、4回で、スケジュールもなかなか合わなくて、会っても短時間だったの。だから、家まではまだ教えてなかったのに、大学の帰りに尾けられてたみたいで。」 「こわっ。」 「それも、ピンポン鳴らして会いに来るんじゃないのよ。留守中に、直接入れたんだろうって感じで手紙みたいなのがポストに入ってたり、前にあたしが好きだって言ってたお菓子がドアノブにひっかけられてたり、そういうことが何度かあって。」 「なあ、ストーカーじゃないの、それって。」 「……うん。一応警察には相談したけど、今の段階だとパトロール強化ぐらいしかやれることはないって。直接的な危害もないし。」 「直接的な危害が加えられてからじゃ遅えだろ。」和樹が怒りをあらわにした。 「……ありがとう。」エミリはうつむいて、深く息を吐いた。「でね、さっき家に帰ろうとした時、あたしの部屋、3階で、道路からでもドアの上半分が見えるんだけど、そこに、彼っぽい人がいて、何かやってるの。たぶん、ドアノブに何かひっかけようとしてて。それで、怖くなっちゃって。」 「それは、怖いよな。」 「だから、ごめん、こんな急に、押し掛けて。あたし、こういうこと相談できるほど仲良い友達って、こっちにまだいなくて。いても、自宅暮らしの女の子だったりして、迷惑かけちゃうから。あ、和樹なら迷惑かけてもいいわけじゃないけど。」 「わかった。でもさ、そんなんだったら、明日になれば大丈夫ってわけにいかないんじゃないの。」 「うん。大学の近くに女子専用の寮があるから、そこに空きがあれば入ろうかなとは考えてるんだけど、そうするにしても手続きとかあるでしょ。今のアパートも解約とか、引っ越しとか、そういうことも考えなくちゃって……でもまだ、落ち着いて考える余裕がなくて、親にも言えてない。」エミリは頭を抱えた。「どうしよう。あたし、考えるの苦手。」 「なにごとも体動かして解決するタイプだもんな。」 「ふふ。」エミリはわずかに笑顔を見せた。 「やっと笑った。」  和樹の言葉に、顔をゆがめるエミリ。泣くのかと思ったが、そのまま、無理やり口角を上げて、大げさな笑顔を作ってみせた。相変わらず強え女だな、と和樹は思う。 「まあ、落ち着くまでいていいよ。ちょっと遠くなるけど、こっからでも大学通えるだろ。明日、最低限のもん、家から持ってこいよ。俺も3時過ぎなら付き合えるから。」 「本当に? ……でも。」エミリは少しモジモジする。「涼矢が……。」 「何、涼矢のこと気にしてるの?」 「……うん。だってその、涼矢って、ここには?」 「まだ来たことない。」 「あたしのほうが先に泊まるというのは。」 「そんなこと言っても仕方ねえだろ。他に当てがあるのかよ。」 「ない。」  和樹は突然スマホを取り出し、操作した。「もしもし涼矢? 俺。あのな、今日からしばらくエミリをうちに置くことになったから。……あー、ワケは今本人から説明させる。」和樹はスマホをエミリにつきだした。「ほら。自分で説得してくれ。」  エミリは緊張の面持ちでそれを受け取り、それでも、和樹に話したことを涼矢にも説明した。「そういうことなの。本当に悪いと思ってる。絶対に、ぜーったいに、和樹に手ぇ出したりしないから、しばらくの居候、許して。」  最後のエミリの言葉を聞いて、和樹はつい吹き出した。エミリが俺に手を出すって。逆だろ、逆。そう心の中でツッコミを入れていると、再びスマホが和樹の手に戻ってきた。 「……というわけ。だからさ、緊急避難ってことでね。うん。……はあっ?」和樹が大きな声を出したので、エミリはびっくりして和樹を凝視した。和樹はそのエミリと目が合うと、慌ててすぐにその目をそらした。「ば、馬鹿、できるか、んなこと。……え?……ああ、わかったよ。ったく。……涼矢くん、愛してます。はい、これでOK? 切るからな!」和樹は電話を切り、スマホをベッドの上に放り投げた。

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