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第4話 事件(4)

 しばらく顔をそむけていた和樹だが、そうっとエミリを見ると、明らかに笑いを噛み殺していた。さっきの無理やりな作り笑顔とは違う。和樹と再び目が合うと、エミリはついに声に出して笑った。「何、今の! 超ウケる! 何、言えって言われたの? 愛してるって?」 「そうだよっ。」 「涼矢が? あいつが? マジで?」 「なんでそこで急に元気になるんだよっ!」 「涼矢ってそんなキャラだったっけ?」 「……そういうとこもあんだよ。」和樹は顔を赤くしながら言う。「おまえの好きだったクールで無口な涼矢は、仮の姿だ。おまえはあいつの本性を知らないんだ。」 「いつも言ってるの? そんな風に、愛してるーとか。」 「……言わ、ねえよ。」 「その言い方は、言ってるよね?」食い下がるエミリ。 「……いつもじゃねえよ。」 「へええ。」エミリは感心したようにうなずいた。「和樹も、涼矢も、変われば変わるものなのね。あんたさ、綾乃とかには、そんなこと言わなかったでしょ?」綾乃というのは、高校の同級生で、和樹の元カノだ。 「言うかよ。」 「ほら、今のは本当に言ってない感じ。涼矢にだけなんだぁ。」 「うるせえよ。さっさと寝ろ。」 「まだ10時にもなってないよ?」 「つか、寝る場所ねえな。エミリ、ベッド使いな。俺はそのへんで寝るわ。」 「いいよ、あたしが床で。」 「そんなわけに行くか。一応、女だろ。」 「一応じゃなくて女だっつの。でも、床でいい。いや床がいい。是非とも床で。」 「硬い布団が好きだとか?」 「違うよ、部屋に入れてもらうだけでも罪悪感半端ないのに、ベッドなんか。」 「は?」 「このせっまい部屋によくもダブルベッド置いたよね? 目的があからさますぎて生々しいのよ。」 「馬鹿、何言ってんだよ。だいたい、これセミダブルだし。シングルじゃ俺のサイズだと1人でも狭いの!」和樹の身長は178cmだ。シングルでも寝られなくはないが、ゆったりではない。寝相もあまりいいほうでない和樹は、部屋のスペースより睡眠時の快適さを優先したのは事実だ。第一、ベッドを購入したのは涼矢とつきあう前のことで、邪な意図があるはずもなかった。とはいえ、今となっては、エミリが指摘する意味でも賢明な選択をしたとは思っている。 「シングルベッドじゃ狭いんなら、これしかない床のスペースはもっと狭いでしょうが。だからあたしが床で寝る。」 「あっそ。じゃ勝手にしろ。」そう言いつつ、和樹は一番上等の掛け布団と、敷布団代わりにせめてとバスタオルを数枚、エミリのために準備した。「トイレはそっち。風呂はその隣のドア。」 「バス・トイレ別なんだ。贅沢。」 「誰かが風呂入っている間にウンコしたくなったら困るだろ。」  エミリはにんまりと笑った。「他人がここでお風呂入る前提なんだ? 一人暮らしなのに?」 「ちっげーよ。ここ選んだ時にはまだそういうっ」 「まだ、そういう?」 「……なんでもない。」 「交際前にお決めになった物件なんですね。さすが、先見の明がおありだこと。」そう言ってまた笑った。 「エミリ、さっきまでのしょんぼりした感じでずっといろよ。そのほうが女らしく見えてモテるぞ。もっとまともな男もひっかかる。」 「ひっかかるって言い方に、ひっかかるわ。」 「……ま、俺は元気なほうが慣れてるから気楽でいいけどな。」  エミリはそんな和樹の言葉に微笑んだ後、衝撃的なことを言い出した。「ね、和樹。あんたは元々は女が好きなんでしょ? あたしがいいよって言ったら、この状況で、あたしに手を出す?」 「何ふざけたこと言ってんだよ。」 「涼矢はまだここに来てないって言ってたね。こっち来てから、一度も会ってないの?」 「会ってない。」 「えーと。2ヶ月ちょっと会ってないってことね。」 「ああ。」 「欲求不満にならない?」 「……何が言いたいわけ。」 「涼矢には絶対内緒にするって約束したら、する?」 「おまえな、そういうこと、冗談でも言うんじゃねえよ。」 「……和樹は、優しいよね。」そう言いながらも、言葉とは裏腹に、和樹から視線を外した。それから膝を抱え、独り言のように言った。「あたしねえ、処女だよ、まだ。」 「いいかげんにしろっつの。」 「誤解しないで。誘ってないよ。……だからね、今、あたし、男性不信なの、すっごく。その、ストーカー男のせいで。」 「え?」 「キスはした。2度目のデートの時。全然気持ち良くなかった。でも、まだその時は、彼も優しくて、気持ち悪いとまでは行かなかった。その次の、3度目のデートの時、ホテルに誘われた。それ断ってからだよ、豹変したの。お高く止まってんじゃないとか、男の前でも平気で裸みたいな格好してるくせに、とか。いやなことたくさん言われた。それから、つきあってるんだからするのが普通で、普通の男ならとっくに押し倒してるとか。でもそんな気になれなかったし、だから、家も教えないようにしてたし、それまでは彼のために一生懸命可愛い格好しようって思ってたのに、4回目のデートの時は逆に女っぽくない格好して、隙も見せないようにした。でも、なんだろうね、彼氏に隙を見せないように気を付けるって。好きだったらそんな風に思わないよね。結局その人のこと、一度も好きだって思えなかった。だからもう無理って言ったの。それなのに、こんな。」 「そんな男ばかりじゃねえよ。相手が悪かったんだ。」

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