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第5話 事件(5)

「だよね。あんただって、涼矢だって、絶対そんなこと言わないと思う。たまたまそいつが変な奴だっただけだよね?」 「うん。でも、そいつみたいなのが世界にただ1人ってわけでもないから、だから、気をつけろって言ってんの、俺は。」  エミリは、ハアと、ため息をついた。「なんであたし、あんたみたいなの好きになれないんだろう。」 「ちょっと待て。なんかおかしくないか、今の。俺のこと好きになれないって。」 「え? あ、好きだよ、友達としてはね。だから頼っちゃったんだし。でも、あんたとキスしたいとは思わないもん。」 「キスぐらいはいいだろ。」 「わ、あんたもそんなこと言うの? ああ、やっぱり男って……。」 「いや、違うって。キスぐらいさせろじゃなくて、そこまで拒否しなくても良いだろって意味で。」 「ああ、そっちか。そうね、和樹とキスしないと死ぬって言われたらするよ。」 「そんなにか!」 「だって、ストーカー男相手だったら、死んでもしたくないもん。今は。」 「……そんなになるまで我慢しなくて良かったのに。どうせあれだろ、紹介してくれた先輩に悪いとか、それだけ自分のこと好きなんだから受け容れてあげなくちゃとか、そんなことばっか気にして、こんなことになってんだろ。」 「あたしよりあたしの気持ちわかってんのね。さすがスケコマシ。」 「あのなあ、俺に対してひどくない? とにかく、エミリ、1人で抱え込みすぎなんだよ。もっと早い段階で周りを頼ればいいんだよ。」 「だよね。以後気をつける。」 「おや、素直。」 「うん、ちょっと今、反省したから。助けてもらってるのに、ひどいこと言ったわと思って。」 「まったくだよ。」和樹は収納ボックスをごそごそして、Tシャツと短パンを引っ張り出した。「エミリが着られそうなの、こんなんしかない。でさ、俺は明日1限からあるんで、朝早いんだ。シャワーして寝るから、そっちも適当にして。」 「うん。ありがと。……だから、あたし、あんたを好きになれば良かったって、そう思ってるって言いたかったの、さっき。」 「今から惚れても、遅いよ?」 「愛する涼矢くんがいるもんね。」 「そ。」 「はあ、やんなるわね。こっちは変な男にひどい目に遭ってるのに、そっちは良い男2人でくっついちゃって。」 「お、良い男2人とは、随分と褒めてくれるね。」 「今のあたしにはリップサービスしかできないからね。言うのはタダだから。」 「なーんだ。」和樹は笑いながらバスルームに消えた。  翌日の夕方、エミリは和樹に付き添ってもらい、大学そばにある自分の部屋に行ってみた。ドアノブにはタイ焼きが二つ入った紙袋がぶらさがっていた。「2人で食べようと思ったけれど留守のようなので2個ともあげる。こんなに遅い時間に1人でふらふらしたらダメだよ。」というメモがついていた。どの口が言うんだか、と和樹とエミリで言い合って、タイ焼きがドアノブにひっかけてあるところの写真を撮り、メモと一緒に何かのための証拠としておくことにした。タイ焼き自体は廃棄処分。それから当座の生活に必要なものをキャリーケースに詰め込んで、再び和樹の部屋に向かった。 「もう別れているとは思ってない文面だったな。」和樹の家に向かう電車の中で、和樹が呆れたように言った。 「そうなの。前の手紙も、あたしがちょっとすねてるだけで、でも俺は許してあげるよ、みたいなことが書いてあって。気持ち悪くて捨てちゃったけど、あれも取っておいた方が良かったかな。」 「ま、残しておきたくないのは分かるよ。でも、これから何かあったら一応残しておくようにしろよ。……それにしても、やっぱ本物のストーカーは違うな。マジでヤバイわ。」 「何、本物って?」 「涼矢って、俺の変なこと、いろいろ知ってんだよ。誕生日ぐらいならまだ分かるけど、梅干しが苦手だとかさ、そんなことまで。ストーカーみたいだって、からかってたんだけど。」 「それは……愛よね。」 「愛なのかな。」 「でも、紙一重よね。あたしが彼のこと好きになれてたら、こんなことされても、愛されてるなあって思ったのかな。」 「いや、それはねえだろ。明らかにおかしいよ、そいつ。好きになんかなれないよ。エミリは悪くない。」  エミリはクスッと笑った。 「なんで笑うの?」 「……あんたさ、たぶん、自分で思ってるより、良い男だよ。そのままでいてほしいわ。涼矢のためにも。」 「なんか微妙な言われ方。」 「ね、こんなんであたし、この先まともな恋愛できると思う?」 「俺に聞くか?」 「なんでよ、良い恋愛まっしぐらじゃない。」 「良い恋愛だと思ってるけど、まともかどうかという意味では、ちょっとね、ほら。」 「ああ、そういうこと気にするんだ、和樹でも。」 「してるよ。…してるっつか、俺は気にしてないけど、涼矢がそういうのすげえ気にするから、いつでも気にするなと言えるために、気にしてる。」 「ん? よく分かんない。」 「だってさ、いろいろ知った上で『そんなことは関係ない』っていうのと、知らないから適当に、無神経に『そんなの関係ない』って言えちゃうのとでは、違うだろ?」 「あら、和樹にしてはちゃんと考えてるっぽい発言。」 「俺にしては、って何だよ! ……でも、ま、そうなんだよ。俺、基本、考えなしだからさ、ろくすっぽ知りもしないで、無神経に関係ねえよって言って、あいつのこと傷つけたりもしちゃってるわけ。でも、そういうの、もう嫌だから。」 「そっか。……あんたたちが羨ましいよ、本当に。お互いのことちゃんと思いあっててさ。」  和樹は手指を組んで祈るポーズをした。「エミリちゃんにまともな良い彼氏ができますように。」 「もう!」エミリは笑った。

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