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第6話 事件(6)

 それから結局2週間ほど、エミリは和樹の部屋に寝泊まりした。和樹は涼矢にあらぬ猜疑心を起こさせないため、毎日涼矢に電話をかけた。そして、そのたびに涼矢に愛の言葉を言わされ、エミリもその日1日をどう過ごしたかを報告させられた。  そんな居候生活を送りつつ、エミリは大学や親にも相談し、無事に女子学生寮に移れる運びとなった。  引っ越し作業は業者と少数の友人に任せる手筈だったのだが、それでも娘がストーカー被害にあったことを心配して、引っ越し当日になって急遽父親が現れた。今までのアパートにも、寮のほうにも娘の姿が見えないので、父親は手伝いに来ていた友人にエミリの所在を尋ねた。 「ああ、部屋に戻るのが怖いからって、ここ1、2週間は友達の家にいたみたいで、そこに置いてある荷物を取ってくるって言ってました。」 「友達? 大学の?」 「いえ、高校時代の、って言ってたと思います。そんなに遠くじゃないみたいだから、もうすぐ戻ると思いますよ。」  そう言われて、寮の前で娘の帰りを待っていると、ものの10分ほどでキャリーケースを引いてこちらに向かってくる娘の姿が見えた。その隣には若い男がいる。疑いながらも、父親は和樹と挨拶を交わした。「高校時代からの友人」という和樹の自己紹介が裏目に出て、父親は完全に和樹を「クロ」として見ることとなり、エミリを厳しく追及した。ただでさえ予期していなかった父親の来訪に面食らっていたエミリは、うまくごまかすこともできずに、「恐怖心からボディガードとして男友達に協力してもらったが、彼はゲイで同性の恋人がいて、女性には興味がない」と説明した。和樹もそれが事実であることを認め、その場から涼矢にも電話をかけて、彼と恋仲であることを親の前で示した。おかげで、エミリの親もなんとか納得し、事なきを得たものの、そのせいで和樹が上京後に初めてカミングアウトした相手は、エミリの親ということになったのだった。 「パパがゲイのことを理解してなかったのが逆に良かったわ。」無事に引っ越しも済み、親も地元に帰った後、エミリは和樹に一連のお礼としてランチをごちそうしていた。どこにでもあるファミレスのランチだが、それが今のエミリの精一杯なのは、和樹も分かっている。 「なんでだよ。」和樹にとって、成り行き上仕方ないとは納得しつつも、エミリが勝手に和樹に同性の恋人がいると親にバラし、彼らはホモカップルだから女には興味ない、と説得している様子を見るのは、決して気分のいいものではなかった。 「パパもママも、同性愛って生まれつきの病気みたいに思ってるから、ああ説明すれば引き下がると踏んでたの。そうじゃなかったら、もしかしたら、あんたが高校時代には女とつきあってたのも知られて、今が男同士のカップルだからって油断ならないってバレちゃってたじゃない。」  生まれつきの病気、ね。エミリがそう思ってるわけじゃないのは分かってるけど、それを今ここで俺に言うかね。和樹はさっきの発言までは我慢していたものの、ついに不快感をあらわにして、ニコリともせずに言った。「言わなきゃならない時は、自分で言うから。」 「え? 何、和樹、急に怒って……あっ。」エミリはハッとした。「あたし今、何言った?」それから、しょんぼりとうなだれた。「そうだよね。今の、無神経だった。あんたが言ってた、知らなくて傷つけちゃうのって、こういうことだよね。ごめんなさい。」 「今回は、エミリの身の安全が最優先だから、ああするのが最短の解決策だったとは思うよ。あそこでお父さんと揉めたっていいことないしね。でもさ、自分から言うのと、他人が勝手に言うのって違うから。あと、病気なんて言い方するのも勘弁して。」 「サイテーだ、あたし。ごめん。こんなに助けてもらったのに、自分のことばっかり考えてた。本当にごめんなさい。」 「もう、いいよ。終わったことだし、全部うまくいったんだ。ただ、涼矢には、ちゃんと謝っておいて。あいつなんて俺以上に、いきなりだぞ。いきなり電話かかってきて、おまえの親父さんにカミングアウトしろなんて言われてさ。」 「うん。ちゃんと謝る。ああ、自己嫌悪だわ。あたし、涼矢にまで迷惑かけて、何やってんのかな。しかも、これで二度目だ。」 「二度目?」 「うん。あの、振られた時。あんたとつきあってるって聞いて、あたしも混乱して、涼矢にひどいこと言っちゃったんだ。ゲイならゲイらしく、ナヨナヨしてオネエ言葉しゃべればいいのに、なんて。自分が振られたのが口惜しくて、普通のふりして勘違いさせたのは涼矢だって責めて。ああ、もちろん、すぐ気が付いて、その場で謝ったよ。でも、結局今もまた、あんたたちのこと、傷つけるようなことした。全然成長してないよね。ガサツで無神経なまま。はあ、ダメだなあ。」  エミリはうつむいて、無意味にドリンクをストローでかきまわし、グラスの中の氷をカラカラ言わせた。そんなことないよ、などというフォローを期待しているのではないことは、長年のつきあいで和樹には分かっていた。エミリは本当に後悔し、反省しているのだろう。しょんぼりしているエミリを見ると、言い方がきつかったかと少し胸が痛む。高校時代から言いたいことをはっきり言う勝気なエミリに対しては、和樹のほうもつい強い口調になりがちだ。

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