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第7話 事件(7)
「サイテーだなんて思ってないけど、口にする前にちょっと考えろってこと。」言いながら、自分も大差ないと思う。嘘をつかず、誰にでも裏表なく接するのは長所だが、それだけ深く考えて行動していないということでもある。そんな意味のことを兄の宏樹に指摘されたことがある。だから、今のエミリの軽率さは他人事ではなく、しょんぼりするエミリに胸が痛むのは、自分の投げた指摘が自分自身につきささるからでもあるのだろう。
和樹の言葉に、黙ってうなずくエミリ。和樹は言い過ぎたことのフォローのように続けた。「……でもさ、それって、俺らが男女のカップルだったらしなくていい気遣いをしろって言ってるのと同じだよな? 勝手に男同士でくっついたくせに他人に気遣いを期待するのってどうなの? わがままじゃないか? なんて思ったりもする。そういうの考えると、何が正解なのか、わかんなくなるんだよ。俺もエミリと同じく、考えるの苦手だから。」和樹は苦笑した。
エミリは笑わず真剣に応えた。「わがままじゃないよ。思いやりっていうか、相手へのリスペクトっていうか。そういうのがあれば、自然とそういう気遣いってできると思う。でも、あたしは、そういうの、自分に余裕がないとすぐ抜けちゃうんだ。その点、和樹は本当に優しいよね。今回助けてもらったから言うわけじゃなくて、前からそう思ってた。男とか女とか以前に、涼矢があたしみたいなのじゃなくて、和樹を好きになるのは、だから、わかるよ。涼矢ってきっと、人のそういう本質的な部分っていうの、敏感に感じ取る人だと思うから。」
自分が優しいかどうかはともかく、涼矢についてのその意見には俺も同感だ、と和樹は思う。そして、エミリは涼矢のその繊細さを愛したのだろう、とも。俺たちみたいな、ちょっと考えの足りない奴らにとって、涼矢はないものねだり的に好きになっちゃうタイプなのかな。
「なあ、エミリ。今聞くことじゃないかもしれないけど、今でも好きなの? 涼矢のこと。」
エミリは唐突な問いかけに一瞬ぽかんとしてから、上目使いになって、考えた。「うーん。好きは好きだけど、前とは違うかな。気の置けない親友みたいな感覚になった。あ、それも和樹にお礼言わなくちゃね。今回のことで、毎日涼矢と電話で話させてくれたおかげだもの。振られた時のまんまの気持ち、引きずらなくて済んだよ。」
「そっか。」エミリの言葉の内容もさることながら、エミリが笑顔でそう話すことにホッとした。やっぱりエミリには元気に笑っていてほしい。
「だから、安心して。」和樹の思いを知ってか知らずか、そう言ってエミリは更ににこにこと笑った。声にも張りが戻ってきた。「あたしね、あんたたちには幸せになってほしい。本当にそう思ってる。もしあんたたちのことで嫌なこと言う奴がいたら、あたしがやっつけるから。……なんてね、言ってるあたしが、一番ダメダメなんだけど。」
「ありがとさん。」和樹も笑う。「正直さ、大学でできた新しい友達には、涼矢のこと、言えてない。遠距離恋愛なんだってことはちょこっと話した奴はいるけど、カノジョの写真見せて、なんて言われてもごまかしてる。そのうち言える機会があればいいとは思ってるけど、やっぱり怖いよ。だから、俺らのこと知ってるエミリが近くにいてくれるのは、いてくれるってだけで、ありがたい。」
「あたしにできることだったら、なんでもするよ。頼ってよ。今回のお返しもしなきゃだし。」
「お返しなんかいいけどさ、そんな風に言ってくれるのは心強いよ。相変わらず男前だね。ちょっとは乙女になったのかと思ったら。」
「ひどーい。あ、そうだ、今度もし、カノジョの写真見せてって言われて困ったら、あたしの写真見せればいいよ。隠れ蓑的に。どうよ、乙女にしかできない助け方じゃない?これ。」エミリはそう言うと、いきなりテーブルを半周して、和樹の隣に座り、スマホを取り出した。
「ほら、ツーショット写真撮るよ。」
「恋人らしく。」
「そうそう。」
2人は頬を寄せて、さもカップル然とした写真を撮った。
「こうして見ると、エミリ、美人だね。」
「化粧法と、写真映りの良い角度を研究したからね。乙女らしく。」
「はは。この写真、涼矢に送ってやろっと。」
「驚くかな。」
「美しいエミリを見て、逃がした魚は大きいって思うかもよ?」
「あーもう、そんな風に絶対言わないって自信満々じゃん! むかつく!」
和樹が本当にその画像を涼矢に送ると、しばらくして返事が来た。
「ん? 何だこの画像……。」こちらから送ったのと同様、文章はなく、画像だけが送られてきた。「あ、うわっ。」和樹は慌てて画面をエミリから隠した。
「何よ、一瞬でよくわかんなかった。誰かの顔? ちょっと、見せてよ。」
「ダメ。」
「見せてよ。」もう一度すごみながら、エミリが和樹の腕をつかむ。案外その力が強くて、和樹は渋々それをエミリに見せた。「ん? 和樹の顔、これ? ひどい寝顔。せっかくのイケメンがブッサイクだこと。口半開きで、だらしない。よだれが垂れてないだけまだ良かったわね。……あれ? この下に写ってるのって……足? あんたこれ、膝枕されて寝てるの? え? もしかして涼矢の膝枕?」
和樹はムスッとした表情で答えた。「そうだけど、何か問題ある?」
エミリが吹き出した。「開き直ったー! ウケるー!」
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