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第8話 ひとり暮らし(1)

 和樹はエミリと別れ、アパートに帰った。  半月ぶりに自分ひとりの空間に戻った部屋。エミリとはいくつかのルールを制定していた。たとえば、寝る時は、和樹がベッド、エミリは床。エミリは和樹の部屋に転がり込んだ翌日に、大学のアウトドア好きの友達とやらから寝袋を借りてきていた。その寝袋も撤収された。それから、体育大学生のエミリは基本的に大学のシャワールームを使い、極力和樹の部屋のバスルームは使わないようにする。家での食事はエミリが担当するが、食費は和樹が負担する。掃除は2人とも苦手で、お互い気が付いた時にやることにした結果、エミリが来る前とさほど変わらない散らかりっぷりを維持した。洗濯は各自自分の分を自分でやる。ただしエミリの下着類が部屋干ししてあっても、和樹は見て見ぬふりをする。  この狭い部屋に2人が暮らす生活は、さすがに窮屈で、気疲れするものだった。だが、実家では一人になることのほうが珍しく、常に誰かの気配を感じながらの生活をしていた。多忙な父はともかく、年の近い兄がいたし、母親は専業主婦だったから。そんな和樹にとって、東京での一人暮らしは、実のところ解放感よりも淋しさのほうが先だっていて、エミリのいた半月は、そんな人恋しさを紛らわせてくれていた。そのエミリがいなくなってみると、部屋は以前よりずっと薄暗く、冷え冷えと感じられた。  涼矢だったら、一人暮らしでも淋しくないんだろうな。あいつ、あの家で、1人で過ごすことが多いし。あいつの自己完結型の性格って、ああいう環境のせいもあるよなあ。  そんなことを思いながら、和樹はエミリに返してもらった合鍵を、元の引出に戻した。それから、涼矢に電話をかけた。 「エミリ、無事に学生寮に移ったよ。」 ――そうか。一安心だな。 「いろいろ巻き込んで悪かった。」 ――別にいいよ。さっきエミリからも電話もらって、お礼と謝罪と、やたらといろいろ言われたけど、仕方なかったんだろ? で、解決したんだろ? それならいい。 「気にしてない?」 ――気にはしてる。けど、いい。 「気にしてるんだ?」 ――するよ。エミリにもおまえにも腹立てるよ、なんで和樹なんだよ、他に友達いねえのかよって思うし、おまえもなんで受け容れるかなって思ったよ。 「何だ、急に不満爆発か?」 ――エミリがいたら言えないだろ。 「電話では普通にしゃべってたように聞こえたけど。」 ――普通も何も、彼女、初日はやたら謝ってて、翌日からはひたすらその日のトレーニングメニュー読み上げてただけでさ。そんなの、ふうん、すごいねえって聞いてるしかない。 「そりゃおまえ、振られた相手にそうそう話せることないだろう。」 ――だから、そういうややこしい関係の女性をね、なんでおまえは部屋に泊めるの、平気で? 「平気じゃねえよ。」 ――知ってるよ、だから、いいって言ってるんだよ。仕方ないって意味でね。でも、気にしてないのかって聞かれれば、気にしないわけねえだろ。 「嫉妬してんの?」 ――そうだよ、悪いか。 「悪くない。……つか、ちょっと嬉しい。」 ――は? 「エミリが来る前、電話するの俺からばっかりだったし、おまえすぐ切りたがるし。俺ばっかり一方的みたいでさ。」 ――それは、おまえがメシもまともに食わないで、夜中過ぎまでどうでもいい話ばっかするからだろ。 「前におまえ、言ってたよな。」 ――何を。 「嫉妬は恋愛における一番のスパイスだって。」 ―― ……。 「それって本当だな。涼矢のそういう感じ、久々だもん。」 ――そういう感じってなんだよ。 「俺のことが好きなんだなって感じ。」 ――馬鹿じゃねえの。 「好きじゃないの?」 ―― ……好きだよ。いちいち聞くな。 「俺にはエミリの前で言わせたくせに。」 ――そのぐらいで勘弁してやったんだからありがたく思え。 「思ってるよ。俺が逆の立場だったら絶対許さない。」 ――どうして。俺は安全じゃない? 女には欲情しないし。 「女側が欲情するかもしんねえだろ。」 ――俺が襲われる心配してくれてんの? 涼矢は笑った。 「だっておまえ、前科あるだろう。エミリと、キス。あれ、エミリからしてくれって言われたんだろう? どうせ、最後の思い出にとかなんとか迫られて、断りきれなくて。」 ――……和樹、そういうことだけは勘が鋭いよね。 「ってことはさ、その勢いで迫られたら、その先もしちゃう可能性、高いだろ。断りきれずに、ズルズルと押し倒されて。」 ――さすがに押し倒されはしないと……思うけど。 「そうかな。強く迫られると抵抗しなくない? 俺の記憶では最初の時だって俺が」  涼矢は和樹の言葉を遮った。 ――思い出話はいい。とにかく、俺だって抵抗すべき時にはするし、押し倒されたところで女じゃ勃たねえから。 「そうか。じゃ心配すべきは男の時だな。あっ、おまえ大学で同級生に言い寄られたりしてねえだろうな?」 ――してるよ。この間、同じ講義とってる奴につきあわない?って言われた。  和樹は絶句した。そんな話、聞いていない。「男?」

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