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第831話 Smile!!(6)
「で、別に高村の話がしたかったわけじゃないんだ。」
――そうだった。銀婚式。
「うん。で、おまえ、参加したい?」
――は?
「式ったって、アリスさんの店を何時間か貸し切りにして、写真撮って、飯を食うだけだよ。」
――え、それ、他に誰か来るの?
「親父とおふくろと俺。あとは当然、アリスさんやカメラマン頼んだ娘さんはいるけど、ゲストはいないな。」
――そこに、俺?
「そう。」
――来いってこと?
「いや、無理にとは言わない。」
――無理っつか、おまえが嫌じゃねえの?
「嫌ではない。……けど、正直、自分でも何が正解か分からなくなってる。」
――そもそも、どういう風の吹き回しで? そんなこと全然言ってなかったじゃない?
「全然考えてなかったからな。でも、千佳がおまえを呼んだらいいんじゃないかって言うから、そういうものなのかなあって。」
――そういうものってどういうものだよ。
「おまえが喜ぶだろうって。」
――千佳ちゃんが?
「うん。俺はどっちでもいい。いや、正直言えば、あんな妙な店で、ドレス着た母親をおまえに見られると思うといたたまれないんだけど……家族だったら、それも、許されるのかなっていう……。」
涼矢は曖昧に濁したが、和樹の耳ははっきりとその単語をとらえていた。
――家族?
「銀婚式なんて喜ぶのは家族だけだろ。で、俺んち、特に深沢のほうは、そういう親戚づきあいってのがちょっと複雑だから、佐江子さんの家族と言ったら、実質親父と俺だけで。まあ、銀婚式なんだから親父は当事者で、つまり祝ってやれるのは俺だけってことだろ。それでも充分だとは思うんだよ。二十歳の一人息子が、事情があって結婚式挙げられなかった還暦近い両親の銀婚式を祝うなんて、どこから見ても美談だしさ。だから、そんなことをね、ささやかにやれたら、それでいいと思ってたんだけど。」
――涼矢にしては回りくどいな。はっきり言えよ。
「だからさ、千佳に言われて、ああそうかって。」
――何を。
「……千佳は、もし、自分に婚約者がいたとして、その人の親の銀婚式に家族として呼ばれたら嬉しいって。」
――婚約者……。
「うん。ただの彼氏だったら嫌だけど、婚約者なら話は違うらしい。」
――へえ、そこってそんなに重要な違いなんかな。
「俺にもよく分かんなかったけど、そういうものなのかなって。」
――おまえはどうなんだよ? 来てほしいと思ってるわけ?
千佳にも同じことを聞かれた。涼矢の気持ちが大事だと。だが、その時も今も、答えは出せないままだ。
――即答できないってことは、気が進まないってことじゃないの?
「そんなことはないよ。でも、うちの親のそんなの見たって面白くないだろうし、わざわざそのためにこっち戻って来いって言うのもさ。」
――面白いかどうかは俺が決めることだろうが。
「見たいか? 俺は別に、和樹の親のそういうの、大して興味ないよ。宏樹さんまで巻き込んで結婚式の写真見せてもらっておいて言うのもなんだけど。」
――でも、そこに柳瀬はいないんだろ?
「は? なんで柳瀬。」
――ポン太も、奏多もいないだろ?
「いるわけないだろ、呼ばないし。」
――おまえのチンコが小さいって言ったいとこもいない。
「何の話してんの。」
――なのに、俺だけがそこに参加していい理由ってなんだよ?
「そりゃおまえが俺の。」
涼矢はその先が言えなかった。
和樹は、俺の……恋人だ。だが、千佳の言う「ただの彼氏」とは違うだろう。「婚約者」とも言えないけれど、でも将来の約束をしたという意味ではほぼ同義かもしれない。
――俺が、おまえの?
和樹の声は落ち着いていて、その答えをとうに知っているようだった。知っていて、それを涼矢に言わせたがっている、そんな口調だ。
「……パートナーだから。」
――うん。
ところが、期待した通りのはずの返事を聞いた途端に、和樹の声は少し弱くなる。
――ありがと。
その声はやっと聞き取れるほどのか細さだった。
「……俺、鈍いな。」
――え?
「千佳の言ってたことの意味、今理解した。」
はは、と小さく笑う和樹の声が聞こえた。
「言い直すよ。銀婚式の件。」
――うん。
「和樹にも参加してほしいんだけど、来てもらえますか。」
――どうしよっかな。
和樹の声はさっきと打って変わり、張りのある声だ。
「そこは、ハイ喜んで、じゃないの?」
――だって、さっさとそう言わないから。
「来たかったならそう言えばいいのに。」
――違えよ、おまえから誘うのが大事だっつの。おまえ、千佳ちゃんの話、本当に理解したのかよ。
「……ごめん。」
――行きたいか行きたくないかっつったら、行きたくないよ。恥ずかしいし、気まずいし、家族水入らずの邪魔かなって思っちゃうし。
「え、だから、たった今、和樹はパートナーだって。それって家族水入らずの一員ていう。」
――そうだよ、でも、それは俺から言っていいことじゃないだろっつの。そういう場に、俺も家族も同然なので来ました、なんて押しかけるのはおかしいだろ? おまえは自分から息子も同然だと思って気兼ねなく手巻き寿司ごちそうしてくださいって言いながら俺んち来るのか? 来ないだろ?
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