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第832話 Smile!!(7)

「そりゃ、そこまで図々しいことは。」 ――だろ? それにまだ、俺のほうの親には、おまえをパートナーです、とは言えないんだし、さ。 「それは関」関係ない、と言いかける涼矢に被せるようにして和樹が言う。 ――関係なくないだろ、ありまくりだよ。だからね、おまえの親に対してだけでも、そういう風に言っていいんなら……言わせてもらえるなら、俺は嬉しいよ。千佳ちゃんの言ってるのはそういうことだろ。 「本当にそう思ってくれんの。」 ――当たり前だろ。ただ、おまえはそう言ってくれるけどさ、そっちこそ本当にそう思ってくれんのかって話だよ。 「そっちって、俺?」 ――違うよ、佐江子さんたちがってこと。 「佐江子さんも親父もおまえのことは気に入ってる。知ってるだろ?」 ――それっぽいことはおまえから聞いてるし、直接佐江子さんにも言われたよ、でも、いざそういう場に来るとなると違うかもしれない。  和樹の脳裏には、小嶋の家の葬儀が浮かんでいた。何十年とパートナーとして暮らしてきた小嶋と久家。彼らの経緯をずっと目の当たりにしてきたはずの小嶋の妹は、久家を「身内」として認めることは断固として拒否していた。その久家にも散々面倒を見させていた母親の葬儀の場にあっても。いや、そういう場だったからこそ尚更。  涼矢の両親なら小嶋の妹のようには振舞わないことは想像がつく。きっと銀婚式に自分がいたって嫌な顔はしないとは思う。だが、性格なのか職業柄なのか知らないが、本音の部分は見せない人たちだ。その「本音」の部分まで含めて受け入れてもらえている自信は、まだない。 「ごめん、おまえの言ってること、よく分かんない。どっちなの? 本当は嫌?」と涼矢が言う。 ――俺は嫌じゃない。 「俺も嫌じゃない。佐江子さんたちもたぶん嫌がらない。……それで何が問題?」 ――そう畳みかけんなよ。俺だって今急に言われていろいろ考え始めたところなんだから。 「あと何を考える必要が?」 ――そんな簡単な問題じゃねえっつの。おまえさ、おまえこそさ、いつもぐちゃぐちゃ一人で勝手に考えてるくせに、なんでこういうことだけ雑なんだよ。 「雑……。」 ――なんだよその、俺に雑だと言われるのは心外だとでも言いたそうな。 「……それだ。」 ――失礼過ぎるだろ、俺に。  涼矢は笑う。「だって、こんなに引っ張る話だと思ってなかったから。うちの親とメシ食うけどおまえも来るか?って言う、それだけの。」 ――俺んちの手巻き寿司と一緒にすんなっつの。 「違うんだ?」 ――違うだろ。ああ、そっか、それがその、千佳ちゃんの言ってた、ただの彼氏と婚約者の違いってやつじゃねえの。 「……ああ、なるほど。」 ――やっぱ違うんだよ、そこは。 「重みが。」 ――重みが。  二人で黙り込む。  軽く考えていたわけではない、と和樹は思う。入院騒動の時に結婚してくださいなどと言った。その他の時にも、折に触れて一生を共にしたいことは伝えてきた。涼矢もそれに頷いてくれていた。涼矢は自分以上に真剣にそういったことは考えてきたのだろうし、その涼矢がYesと言うからには、相応の覚悟もしてくれた上だと思う。  でも、こうして具体的な何かに直面すると、途端に何が正解なのか分からなくなる自分が情けない。自分が、ではなく自分たちが、と言うべきか。涼矢も何が正解か分からないと言っていたから。 ――ところでそれ、いつやるの? 「今年が銀婚式イヤーだから、年内のどこかで、と思ってたんだけど、和樹が来るなら年末年始の休み中がいいかな。それなら親父も確実に帰ってくるだろうし、そのほうがいっか。」話しながら予定を決めている様子だ。 ――年始にズレ込むなら、成人式もかぶってくる。 「そうか。それもあったな。」 ――あとおまえ、去年アリスさんとこのクリパでバイトしてただろ。貸し切るなら、店側のそういう営業予定ってのも考えないといけないんじゃないの。 「……おお。」 ――大丈夫かよ。 「俺、自分が先頭に立って何かを仕切るって、したことねえからな。」 ――偉そうに言うんじゃないよ。とりあえずそのへん練り直せ。俺はなるべくそっちに合わせて帰省できるようにするから。 「ありがとう。……そういうの全部奏多だの柳瀬だのに丸投げしてきたツケが回ってきた気がする。」  和樹は声を立てて笑った。 ――新鮮だな、涼矢のそういう感じ。 「るせ。」照れくさそうに涼矢が言った。 ――あー、でも。 「ん?」 ――帰省の話とかしてたら、あれだな。 「あれって?」 ――会いたくなった。 「ま、そりゃ。帰省に関わらず、会いたいけど。」 ――来てよ。 「いつ? 今?」 ――今。 「水曜日に言うな。せめて週末に言え。」 ――週末なら来てくれんの? 「いいよ。行く。」 ――マジで。 「今週末なら行けなくはない。土曜半日講義あるから、一泊だけど。おまえのほうがバイトとかサークルとか忙しいんだろ。」 ――え、ちょま、マジで来るなら、予定調べる。折り返しでいい? 「うん。」 ――マジで。  和樹は繰り返した。

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