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第17話 待ち人来る(6)

 特に予定のない1日だったが、和樹はどこにも寄らずにまっすぐに家に戻った。いつもより贅沢な朝食を食べただけの短時間の外出となった。だが、久しぶりの美味しいコーヒーは、和樹の涼矢への苛立ちを落ち着かせるには充分だった。  とはいえ、現実的に目の前にあるそれを見ると、やはり複雑な思いがする。和樹はもう一度それを手にして、眺めた。ていうか、どう使うの、これ。ただケツに突っ込めばいいのか? いや、いきなりそれは無理だ。痛いに決まってる。簡単な説明書はあるが、外国語を無理やり翻訳したような文章で、どうも分かりにくい。  和樹はスマホで検索した。「アナルプラグ 使い方」。そんなキーワードを入力する日が来るとは予想だにしていなかった。検索履歴を削除するのを忘れないようにしなくては、と検索結果を見るより先に強く心に思った。  数分後。  うん。だいたい把握した。  把握はした。  やってできないことはない、と思う。もっと大きなものを挿入した経験もあるのだし。確かにこういったものを使っておいた方が、涼矢が来た時に何かとスムースではあるだろう。  でも。でもなぁ。  涼矢と初めてヤった時より、よっぽどハードルが高い。初めて抱かれた時も俺的には結構なショックではあったけれど、それとはまた違うハードルな気がする。違うハードルというか、ハードルではなく棒高跳びに挑戦するような。陸上競技ではあるけど異種目、みたいな。いや、そんなたとえ方はどうだっていいのだ。  初めて抱かれた時かぁ。……そうだよ! 元はあいつのほうが挿れられる側だったのに、いつの間にか俺がそっちになっちゃったよなぁ。……ま、俺がそっちがいいって言ったからだけど。でも、涼矢だってたまーにそっちやるし、なんで俺だけなんだよ。不公平だ。……って、そっちでもどっちでもいいんだ。いいんだけど。  女とヤッてた時でも、俺、そういうグッズとか機械とか使ったことないからなぁ。そういうのってもっと、通常プレイに飽きたカップルとか、よっぽど変態チックな趣味を持っている人がやるものだと思ってた。……ああ、そうか。俺らがやってんのは、ノーマルなセックスじゃないからか。そう言や涼矢がそんなこと言ってたよな。ゲイセックスはまともじゃないとかなんとか。まあ、そうだよな。本来出すところに入れるんだから、何かと不都合はあるわな。そういう無理を押し通してやろうってんだから、多少の努力は必要だよな。 「ああ、もう!」和樹はそう言って立ち上がった。分かってる。こんなグジグジ考えても仕方ない。どうしてもやらなきゃならない理由もないけど、やらない理由もない。涼矢との快適なセックスライフを考えるならやったほうがいい。だったら、やることはひとつだ。  和樹はバスルームに向かった。プラグの使用方法を読んでいた時に「事前準備」として出てきた、もうひとつの、かつて検索したことのない、しようと思ったこともない単語。それで検索した結果を実践する必要があったからだ。そのキーワードは「シャワー浣腸」。  準備を終えて、部屋に戻る。ローションを用意する。解説ページには確か、最初は指でほぐして、しかるべき後に、ローションをたっぷりめに使いながら挿入すべし、と書いてあった。書いてあったと思う。もう一度あのページにアクセスする気にはなれない。  第一段階の「指でほぐす」を実行しながら、和樹は自分の健気さにウンザリした。何が俺のためを思って、だよ。俺がおまえのためにやってんだよ、畜生。  第一段階については、さしたる問題はない。一人暮らしを始めてからの自慰では、大概やっていたからだ。そして、前後の刺激で射精には至るものの、それはいつも物足りなさを残しながらのフィニッシュだった。自分の指じゃ、涼矢に抱かれる時とは雲泥の差だ。だからだ。だから、嫌だったんだ。こんなもん寄越しやがって。自分のそんなフラストレーションが見透かされているようだ。  問題は次の段階だ。新しいステージ。和樹はアナルとプラグの双方にローションを「たっぷりと」使った。指で充分にほぐされていたそこは、思っていたよりもすんなりとプラグを受け容れた。とは言え、入れた瞬間には反射的に「ひっ」と声が出た。痛くはない。だが、知らない感覚だ。指とは違う。涼矢のそれとも違う。異物感、としか言いようのないもの。  和樹はしばらくその状態で我慢した。実に奇妙な感覚だった。何も特別なことをせずとも、少し深く呼吸するだけで異物感が大きくなる。慣れれば、あるいは、人によっては、数時間装着して絶え間なく快感を得ながらの生活もできるようだが、まだその域には行けそうにない。  その時、スマホが鳴って、ビクッとした。そのわずかな動きの刺激が、快感となって体を突き抜けた。「あっ、やっ……。」    スマホに目をやる。そうだ、検索履歴を消さないと。和樹は座っていたベッドからそっと立ち上がり、テーブルの上のスマホを取ろうとした。そのひとつひとつの動きが、刺激になった。「なんだよ、これっ。」和樹自身は気がついていないが、目にはうっすら涙が浮かんでいた。そんな思いをして手にしたスマホだったが、さっきの着信音は、単なるニュース速報で、どこかの知事選の開票結果だった。和樹は「知るか」と一言呟いて、検索履歴を削除した。それから、ベッドに横たわった。そうやって姿勢を変えることで、また強い異物感が内側から突き上げてくる。  涼矢のは、こんなんじゃない。あいつが俺の中に入ってくる時は、もっと、熱くて。もっと、体ごと持って行かれるようで。腰が溶けそうになって。  異物感は涼矢とのセックスを嫌でも鮮明に思い出させた。 「ちくしょ。」和樹は既に勃起しているペニスを握った。それをしごくと、アナルからも振動が返ってくる。前後の刺激が相乗効果となって、経験したことのない大きな快感が和樹を襲った。無意識に下腹部に力が入ると、プラグが排出されそうになる。それを再び押し込めてみたりもする。先走りと、ローションとが入り混じり、プラグを出し入れする度に淫らな音がした。「あっ……あ……涼矢、涼矢ぁっ。」自慰の時は、どうしても漏れてしまう喘ぎのほかに、意味のある声を発することはめったになかった。そんな和樹が何度も涼矢の名を呼んだ。「あ、イクッ……。」  やべえ。  俺、新ステージ、攻略できそうなんだけど……。

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