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第18話 待ち人来る(7)

 その夜は涼矢のほうから電話がかかってきた。東京には19日に来ると言い、東京駅の到着予定時刻を知らされた。 「了解。」 ――待ち合わせ場所は、後で適当に指示ちょうだい。田舎者にも分かるところで。 「おまえそれ、嫌味か。俺だって東京初心者なんだから。自分ち界隈と大学のエリアしか分からんわ。あ、昨日初めて1人で新宿行ったんや。東京はまんず人多くて、毎日まつりのごたるねえ。」 ――どこ出身だよ。 「ついでに東京駅周辺、観光する? 俺もほとんど観てないから。」 ――荷物あるし、いいよ。別の日にしよ。 「そう言えばいつまでいられるの。」 ――おまえの都合が許すなら、9月3日まで。 「お、結構長くいられるね。2週間以上。」 ――エミリより1日でも長くとスケジュールを調整した。 「あ、そういう……。」 ――バレたら和樹、そのアパート退去になるけどな。契約の入居者以外の寝泊まりは禁止なのが普通。 「エミリの時、バレなかったから大丈夫じゃないかな。大家同居じゃないし。」 ――大抵は、大家が見つけるってより、隣とか下の階の人がチクるんだよ。酒盛りしたりして騒ぐ声がうるさいって。女を連れ込んでる場合は、ほぼ、あの時の声とかベッドが軋む音がうるさいってやつだから、おめでとう、たった今、エミリときみの潔白が証明された。 「じゃあ、おまえが来たらバレるんじゃない?」 ――ああ、そうか。そうだな。それは問題だ。対策を考えないと……。 「真面目に答えるなよ。」 ――だって、声出して欲しい。聞きたい。 「いえ、控えめにします。」 ――えー。 「すげえ不満そうだな。」 ――何のための……一人暮らし……。 「何のためだと思ってんだよ!」 ――俺と心おきなくセックスするため。 「堂々と言うな、そしてそれは間違ってる。」 ――そうなの? 「……100%の正解ではない。」 ――部分点はくれる? 「……うん。」 ――何点ぐらい? 「……70点ぐらい。」 ――あ、思ったより高得点だった。 「おまけした。」 ――ありがとう。 「そんなことよりも。近所に、美味しい喫茶店見つけた。ちょっと高いけど、涼矢も気に入りそう。」 ――へえ。 「小さい店で居心地が良いんだ。マスターがカッコ良くて……ああ、そうか。」 ――ん? 「マスター、涼矢と似てる。顔かたちがって言うんじゃなくて、雰囲気が。年はだいぶ上だけど。白髪で。」 ――俺と似てて、カッコいいんだ? 「そう。涼矢が年取ったら、こんな感じかなって。」 ――弁護士じゃなくて喫茶店のマスター目指すかな。 「ダメ。弁護士目指して。」 ――なんで。 「弁護士目指す涼矢が好きだから。」 ――すっげえプレッシャー。 「だっておまえ、料理を仕事にするのは嫌だって言ってただろ。涼矢は俺のためだけにコーヒー入れて、俺のためだけに料理してくれればいいんだ。」 ――夫として最低な男の発言みたいになってるよ。 「とにかくさ、その喫茶店、行こうな。」 ――うん。  和樹はその喫茶店から戻ってきた後、アナルプラグを試したことは言わなかった。涼矢のほうからも、それについては何も聞いてこなかった。  数日後には涼矢に会える。  それ以上に興奮する話題などなかった。  そして、19日当日。和樹は待ち合わせ場所に指定した書店にいた。約束の時間より30分以上も早く。高校の頃は遅刻も多く、今でも早起きは苦手な和樹だが、今日は別格だった。立ち読みをしながら待ったが、無論、内容など頭に入ってこない。今、誰かが和樹が手にしている雑誌をこっそり逆さまにしても、気がつかないに違いなかった。  やがて約束の時間になった。和樹は雑誌を閉じて、通路のほうに目をやった。まだ、涼矢の姿は見えない。新幹線から改札口を出てこの書店を目指すなら、おそらくはこちらから来るだろうと思われる方向に歩きだした。  そして、数歩も進まない内に、待ちに待った、その姿が視界に飛び込んできた。 「和樹。」少し離れているから、その声ははっきりとは聞こえない。でも、唇はそう動いた。 「あ……。」和樹のほうは、とっさに声が出なかった。  涼矢はキャリーケースとショルダーバッグを持っていて、書店内の細い通路まで入ってくるのは少し大変そうだ。和樹は「そこで待ってて」という手ぶりをして、涼矢に近づいた。 「久しぶり。」やっと出た声は、少しかすれた。 「うん。」涼矢もそんな一言しか言わなかった。

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