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第838話 Smile!!(13)

 部屋に入り、荷物の入ったボストンバッグを下ろすとすぐに、涼矢が和樹に手を伸ばす。和樹もそれに応えて、涼矢の背中に腕を回す。どちらからともなく唇を重ねて、長いキスをした。唇が離れても、まだお互いの腕は腰に回ったままだ。 「もっと早く来ると思ってた。」と和樹が不服そうに言った。 「ごめん、先輩に急に呼び出されてさ。学会発表の手伝いしろって。」 「ふうん。ま、いいけどね。俺も昼まで講義あったし、掃除もしなきゃだったし。」 「洗濯は?」笑いをこらえながら涼矢が言った。 「したよ。そんで交換もした。あれは交換したほうをまた洗って。」和樹は親指でベランダを指す。そこにはシーツがはためいていた。 「よし。」  涼矢はボストンバッグから総菜であろう保冷パックを出し、冷蔵庫へと移し替える。それはあの台風の中来た時以外は毎回目にしてきた光景だが、バッグには見覚えがない。 「そんなバッグ持ってたっけ。」 「持ってたよ。ここに持ってきたことはないけど。今日は車だったからこっちのほうが楽で。」 「長距離運転、もう慣れた?」 「そうだね、今日は天気もいいし。」  あの時と違って、とは二人とも口にしなかった。深く傷つけあって、そして許しあって、それ以前より愛を深めたきっかけとなったあの日だけれど、今ではそれも良い思い出だねと振り返れるほどの時間は経っていなかった。 「元気にしてた?」手持ち無沙汰な和樹は、ベッドに腰掛ける。 「毎日話してるだろ。」涼矢はそんな和樹を怒るでもなく、総菜を冷蔵庫に移しがてら、冷蔵庫の中の整理をしているようだ。 「顔は見てないから。」 「声聞けば大体分かるだろ。」 「分かるの?」 「分かるよ。」作業を終えたらしい涼矢が、ニヤニヤしながら和樹の隣に座った。「この間だって、いつもと違うってすぐに気が付いただろ?」  和樹は瞬時に赤面した。「あ、あれは。」 「そう言えばそのバイブ、どこにあんの。」涼矢はベッドの下を覗き込んだ。 「なっ、いきなりかよっ。」 「いきなりはしないよ。後でじっくりね。でも、実物見てみたくて。」 「見たことないのかよ。」 「ないよ。プラグの時だってそう言ったろ。」 「ま、俺も初めてだけどさ、実物は。」 「和樹でもそうなんだ。」 「なんだよ、俺でもって。」 「経験豊富な和樹さん。」 「今となっちゃ豊富じゃねえよ。二桁の奴とかいるし。」つきあいで顔を出したコンパなどでは、そんな話題になったこともある。別に驚くことではなかった。自分も来るもの拒まずで据え膳を平らげ続けていれば、それに近いことはできたと思うからだ。それよりも、平然とそういった話題に入ってくる女の子も複数いたことに驚いた。彩乃や舞子は決してその手の話題には入らないし、特に彩乃は露骨に不快な顔をするけれど、それが当然の反応だと思う和樹にとっては、臆せず猥談に乗ってくるのが「東京の進んだ女の子」というものなのか、それともたまたま一部の過激なタイプに遭遇しただけなのかはよく分からなかった。 「数こなせばいいってものではないんだろうけど。」涼矢が和樹の肩を抱き寄せる。「説得力にはなるよ。俺はおまえしか知らないから、おまえにこんなやり方おかしいって言われたら、やっぱり、不安になるし。」 「不安だなんて、とてもそうは思えないぞ。いつも好き勝手やりやがって。」責める言葉とは裏腹に、和樹は涼矢の肩に身を預ける。 「俺はおまえの反応に合わせてるだけだよ。」 「ふん。」和樹は鼻で笑う。「今の俺に合わせるとしたら、何やるんだよ?」  涼矢は横目でチラリと和樹を見た後、その顎に手をやり、引き上げるようにして、口づけた。「こんなんでどうだろう?」 「キスしてほしそうだったか?」 「うん。」 「……正解。」今度は和樹から涼矢に顔を近づけて、キスをする。「なあ、あんなおもちゃは後回しでいいだろ?」 「後回しってのは、後で使うって意味だよ?」 「屁理屈言ってないで。」和樹は涼矢の首に腕を絡めて、そのまま体重をかけていく。涼矢は背後へと倒れ込む。 「するの?」 「する。」 「俺、着いたばかりだけど……今?」 「今。」 「さっさとヤラせて、この間の埋め合わせってことにするつもりじゃないよな?」 「馬鹿、違うよ。」 「……そうみたいだな。」涼矢は自分に覆いかぶさっている和樹の股間を探り、その硬さを確認した。 「こら、勝手にいじるな。」 「俺の好きにしていいんじゃなかったっけ。」 「そんなこと言ってない。」 「言っただろ。」涼矢はハグと言うよりは羽交い締めするように和樹を抱いた。 「俺が言ったのは、なんでもしてやるって。そう言ったの。」涼矢にホールドされた、その腕の中で、和樹が言う。 「同じだろ。」 「違うよ、おまえが好きにやるんじゃなくて、俺にさせたいことしてやるって言ったの。」 「だから、同じだろ。」 「じゃなくてさ、あるだろ、フェラしろとか。」 「フェラだったら俺がしたい。」 「えー。」 「でもま、じゃあとりあえずして。せっかくなんで。」 「なんだよ、とりあえずって。」

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