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第22話 雨夜の品定め(1)

 店を出ると、和樹はアパートにまっすぐに戻ることはせず、駅周辺を歩いて涼矢に見せて回った。 「なんかね、本屋が多い気がする。それとカフェ。ラーメン屋もかな。普通のスーパーもあるし、一人暮らし多そうだし、でも新宿や吉祥寺ほどデカい町でもないし、割と生活しやすいんじゃないかな。」 「近所の人と話したりするの。」 「しないね。アパートの人ともしゃべったことないなあ。俺と似たような一人暮らしの学生かサラリーマンばっかりだと聞いてるけど、顔を合わせることもほとんどない。言われてみると、地元の人とは、最初に部屋探しした時の不動産屋と、さっきの喫茶店のマスターとしかしゃべってないかも。あ、バイト先の人とはしゃべったけどね。」 「バイト?」涼矢に聞き返されて、バイトの話をしてなかったことを思い出した。 「そう。おまえが免許取りに行ってる間、俺、バイトしてたんだ。短期の、スイミングコーチのアシスタント。こども相手だけどね。結構楽しかったよ。だからさ、こっちにいる間の金のこと、心配しなくて良いから。贅沢はさせてあげられませんけどね。」 「半月も世話になるのに、そういうわけにはいかないだろ。」 「涼矢から金取ろうとは思ってないよ。エミリはタダってわけにはいかなかったけど。」 「え、エミリからお金取ってたの?」 「人聞き悪いな。あいつもそんな金ないのは分かってるからさ、労働奉仕で。」 「体で払ってもらったわけだ。」 「いかがわしい言い方をするんじゃない。掃除と食事作りをお願いしてただけだよ。ああ、でも掃除はそんなにしてもらってないなあ。食事も、涼矢のほうがずっとうまい。結局、最後にランチ1回おごってもらってチャラみたいな感じになっちゃったな。まぁでも、さすがにかわいそうだったからな、変なのにつきまとわれて。」 「人が好いことで。」 「そうだな、本当だったらおまえを争うライバルだもんな。」 「エミリは俺のことなんかもう眼中ないだろ。」 「そんなことないって。好きだってよ。……好きは好きでも、今は恋愛感情じゃない、とは言ってたけど。」 「聞いたの?」 「聞いた。……だって、気になるし。ま、俺にどこまで本音を言ってくれてるのかわかんないけどさ。」和樹は照れくさそうな表情を浮かべた。「ただ、俺たちのことは、応援するって。幸せになってほしいって。」 「……へえ。」 「だからエミリについては……エミリの、おまえへの気持ちについては、もう俺はそんなに心配してないんだけど、おまえ、知らないとこで男に言い寄られてるんだもんなあ、そっちは全然安心できない。」 「言い寄られるって言っても、つきあってみない?って軽く言われただけだし、和樹のこと言ったらすぐ引き下がってくれたし。」 「だからさ、その、軽ーく言われるあたり、心配なんだよ。前のおまえだったら、軽く言い寄る奴なんかいなかっただろ。なんか、隙があるっていうか、そんな風に思われてんじゃない?」 「高校の頃とは変わったかもしれないけど、隙を見せてるつもりはないよ。大学ともなるといろんな奴がいるってだけだよ。」 「そいつだけ?」 「何が。」 「おまえにちょっかい出してくる奴。」 「どのあたりまでをちょっかいって言うの?」 「すげえ気になる言い方してくれるな? とにかく全部言え。どんな些細なことでも。」 「えー……。」涼矢は眉をひそめ、あからさまに嫌な顔をした。「めんどくせえ。」 「そういうの、面倒くさがったら、だめなんだって。嫌なのはわかるけど。信頼関係ってのはね、そういうところを大事にしないと。」 「ああ、つまり、こういうのを面倒くさがった結果、彼女との仲が壊れた経験があるわけだ。」 「そうだけど、今はそのことは置いておけ。」 「都合いいな。それならおまえが先に言え。おまえのほうがモテるんだから。」 「わかった。ええと、直近ではバイト先で教えた小6女児に好かれた。」 「手は出してないだろうな。犯罪だぞ。」 「出すか馬鹿。」そう言いながら和樹はある書店を指差した。「ここ、たまに来る本屋。2階がギャラリーになってて、たまにアニメや漫画の原画展とかやってる。」それから再び歩き出した。「そのほかには、サークルの新歓で2人で抜けませんかーって、2人から言われたかな。あ、これは女な? つか、俺は女しかねえけど。もちろんどちらも速攻お断りしました。その後に先輩からつきあわないかって言われたけど、これもお断り。あとは、渋谷で逆ナンが何回か。友達と一緒の時にね。1回だけ、友達がOKしちゃって逆ナンしてきた子たちとお茶したことはあるけど、その場で終わり。以上です。」 「この4ヶ月間だけで、さすがだな。」 「はい、涼矢の番。」

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