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第23話 雨夜の品定め(2)

「俺はサークル入ってないし、バイトもしてないから、そういう場面にそもそもなりにくい。おまえも知っての通り、渋谷なんておそろしげな町もないので、逆ナンとかありえない。」 「でも、そんな田舎町でも男に粉かけられたんだろう?」 「しつこいなあ。たまたま1人そういうことがあっただけだろ。」 「本当に、それ以外なーんにもないの? 知り合った女の子から連絡先を聞かれたりもしてないの?」 「……電車の中で連絡先のメモ渡されるってのは、言い寄られたうちに入る?」 「やっぱり、あるじゃないか。入るに決まってる。」 「じゃあ、そういうのが1回。」 「知ってる子?」 「ううん。通学の電車が一緒の人らしいけど、そんなことされるまで気がつかなかったからよくわからない。たぶんOLじゃないかなあ。スーツ着てたし。でも返事しなかったら、次の日から電車変えちゃったのか、会わない。」 「OLかよ……。」また、ある店を指差しながら「ここの定食屋、結構安くてうまいんだよ。」と言う。「それから?」 「クラスのコンパみたいなのがあって、その時に手を握られた。入る?」 「入る。……女?」 「女。でも、そのコンパの後、その人を一度も見てないんだよ。他の人に聞いてもそんな子いたっけ? みたいな反応で。」 「なんだよそれ、こえーな。で、どういうシチュエーションで手を握られたわけ?」 「いきなり握られたから何事かと思って、どうかした?って聞いたら、握ってみたかった、って言われて、そうですか、って、そのまましばらく握られてて。」 「そのままにすんなや。」 「すぐお開きの時間になって、財布出すから離して、って言ったら離してくれたから。で、それっきり。その後、彼女を見た者はいないのであった。」 「後味悪っ。」 「別に青白かったり冷たかったりしてなかったと思うんだけどね。それから……。」 「まだ、あるんだ。」 「4月の、大学入りたての頃、歯医者に行ったんだけどね。単なる定期健診で。その時の、歯科助手? 歯科衛生士? とかいう人いるじゃない? その人が、歯石を取りつつ、今度2人で会えませんか的なことを言ってきた。」 「それは完全に入ります。ちなみに歯石取っていいのは歯科衛生士な。」 「断りたいけど、こっちはしゃべれる状況じゃないだろう? それに、歯医者って、口の中いじられている間は、命預けてるみたいな恐怖があるから。」 「命は預けてねえだろ。」 「歯医者と外科医は逆らったらいけない気がするだろ?」 「痛い系のホラー映画にはたまにあるな。あ、中央線沿線ってさ、変わった映画やってる小さい映画館とか、小劇場とか、ライブハウスとかちょこちょこあるんだよね。ここはライヴハウス。そのうち行ってみたいとは思ってるんだけどね……えーとなんだっけ、歯科衛生士に逆らえなくて、それで?」 「それで、とりあえずそこは何もせず、時間の経過をただ待って。」 「歯石を取ってもらって。」 「すっきりきれいになって。で、そのままスルーしたいなあと思っていたら、もう一度、いつがいいですか?って言われ。」 「積極的だなあ。美人?」 「顔半分マスクだもの、よくわからないよ。胸は大きかった。作業中、何回か当たった。」 「ゲイのきみにはその攻撃は効かないのに。」 「ああ、うん、そうね。格別に喜ばないというだけで、不愉快でもないけどね。それってやっぱりわざとなのかな。いつもはそんなに何度も当たることないのに、とは思ったんだ。」 「そりゃわざとだろ。それで?」 「でも住所も本名も調べようと思ったらすぐ分かるだろうし、あまり無碍な扱いをするわけにも行かないじゃない?」 「そう考えると、こえーな歯医者。命と個人情報を握っている。」 「まあ、結果的には、つきあっている人がいるのですみません、と普通に言ったんだけどさ。そしたら、私は気にしません、と言われ。」 「すげえ。」 「だから、俺、男しかダメなんですみませんって。思えば、それが大学生になってからの最初のカミングアウトだな。」 「で、引き下がった?」 「うん。……俺のネタと言えば、そんなところ。」 「涼矢のモテ方って変。」 「これはモテてるのか? もしかしたら、鍋や洗剤や宝石やセラミック歯を買わせたい人たちだったのかもしれない。」 「歯医者に何か恨みでもあるのかよ。でも、涼矢ってそういうのには騙されなさそう。宗教の勧誘でも、逆にねちねちねちねち理詰めにして撃退しそう。」 「そんなにヒマじゃねえよ。つか、和樹の目に俺はどう映ってるんだよ。」 「世界一良い男に映ってますよ? ねちねちしてるけど。」 「おまえのほうがねちねちしてるよ、今日は。こんなどうでもいい話、聞きたがって。」 「涼矢のねちねち菌がうつった。」 「小学生か。」  そう涼矢がツッコミを入れたところで、元の和樹のアパートに到着していた。

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