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第24話 GINGER ALE(1)
「それにしても暑いな。お茶買おう。涼矢は?」和樹はアパートに入る前に、自販機の前に立った。
「お茶ぐらい俺が淹れるよ。冷たいのが良いの?」
「冷たいのがいいし、それ以前にお茶っ葉ないから。」
「それすらもないのかよ。」
「我が家に今ある飲み物は、インスタントコーヒーとカップスープの素。それに水道水。」
「ひでえ生活してるな。コーヒー関連は持ってきたけど、でも冷たいのがいいなら、ここで買うしかないな。どれがいいの。かわいそうだから買ってやる。」
「じゃあ、コーラ。」
「お茶って言ってなかった?」
「お茶とコーヒーは涼矢が淹れてくれるほうが美味しいことを思い出した。どうせなら涼矢が作れないものを飲む。」
「俺、コーラ作れるよ。」
「マジで?」
「嘘に決まってんだろ。」涼矢はコーラを2本買った。
「どうしてそういうどうでもいい嘘をつくわけ?」
「まさか本気にするとは思わなかったんだよ。」
「くっそう。」
2人はアパートの階段を上りながら会話を続けた。「あ、でも俺、ジンジャーエールなら作れると思うなぁ。」
「もう騙されない。」
「本当だって。生姜を砂糖で煮てスパイス入れて、シロップを作るんだよ。それを炭酸水で割ればジンジャーエール。」
「本当に?」
「まだ疑うの? なんなら、こっちにいる間に作ってやるよ。」
「おう、作れるもんなら作ってみろ。」和樹はドアの鍵を開けた。
「作ったらどんなご褒美がある?」和樹は靴を脱ぐ。玄関が狭すぎて、その間、涼矢は玄関の中に入れない。和樹が部屋に移動して、ようやく涼矢も靴が脱げた。和樹に指示されずともドアの鍵をかける。
「そうだなあ。」和樹はニヤニヤと笑う。「ひとつのグラスにストローを2本挿して、見つめ合ったまま一緒に飲んでやる。」
「それがご褒美?」
「不満?」
「不満。」
「どういうのがいいの?」
「シロップを和樹に塗って舐めてもいいとか。」
「変態。」和樹は靴下を脱いで洗濯カゴに放り込んだ。「ここ来た時は、あんな可愛かったのに。緊張にうち震えて。」
「今も緊張してるよ。さっきほどじゃないけど、ほら。」和樹にコーラの缶を差し出す手が、確かに少し震えていた。
「だから、なんでそんな緊張するの。」
「2人きりになるとダメみたい。なんか、脳が処理しきれない。」
「その割に変態発言するのな。」
「落ち着くためにはまず、現実と妄想のすり合わせが必要で、だから妄想をいったん口にしてみようかなと。」
「おまえはどういう妄想をしてるんだよっ。」
「聞きたい?」
「……いや、いい。」
涼矢はベッドに座って、缶コーラを飲んだ。和樹は立ったまま飲む。
「ああ、そうだ。」和樹はいったんコーラを置くと、ブランドショップの紙袋を手にして、その中から小箱と小袋を出した。そして、涼矢の前にひざまずき、小箱のほうをうやうやしく差し出した。「はい、どうぞ。」
「ん?」
「開けてみて。」ひざまずいたまま、涼矢を見上げる。
涼矢は箱を開けた。中にはピアス。「あ、カッコいい。」
「気に入った?」
「うん。こういうのが良かった。和樹のも、あるんだよね?」
「もちろん。」和樹は小袋のほうを出して涼矢に示した。
「つけてい?」
「俺、つけてやろっか? その代わり俺のやって。」
「え……うん。」涼矢の顔がほんのり赤くなる。
「何、照れてんの。鏡見ながら自分でやるより早いだろ。」
2人はお互いのピアスの付け替えを行った。
「指輪の交換みたい。」と和樹の耳に真新しいピアスを装着しながら、涼矢が言った。
「意味合いとしては似たようなもんだろ。」
「だとしたら、こんなにあっけなくていいのかな。」
「そういう儀式とか、演出とか、こだわりたい? 結婚式やりたいとか思う?」
「いや、別に。」
和樹のピアスもつけおわり、2人は並んでベッドに座った。「部屋探しで親と東京来た時、泊まったホテルに、同性婚プランってやつのポスターあったよ。」
「ああ、最近はそういうのあるみたいだね。でも俺、人前で目立つの苦手だし、特に憧れみたいなものはないな。和樹はやりたいの?」
「別に。」
「まあ、将来的には……面倒だったらやってもいいかもね。」
「面倒だったらやるって?」
「俺らが30代40代となってくると、周りから結婚は?とか言われるわけでしょ? へたしたらお見合いしろとか。」
「ああ。」
「そういう時にさ、結婚式のひとつも挙げて、結婚しましたハガキでも送っておけば、関係者に一斉に知ってもらえるじゃない? いちいち事情説明しなくて済む。」
「なーるほど。」
涼矢がふいに押し黙った。
「どうした?」
「今のだって、妄想だよ。」
「へ?」
「30代40代になっても一緒にいてくれる?」涼矢はまた和樹の方を見ずに、うつむきがちにそんなことを言った。
「いるよ。」和樹はそんな涼矢の首に腕を回して、自分のほうに引き寄せた。「よぼよぼの爺さんになっても、一緒にいるよ。おまえこそ、シワだらけになって好みじゃなくなったからって、俺のこと、捨てるなよ?」
涼矢は、ハハッ、と控えめに笑った。和樹の回した手の親指が、ちょうど涼矢の耳たぶにあたる。和樹は親指でその耳たぶをいじった。それから、そこに光るピアスに口づけるように、耳にキスをした。
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