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第845話 fall in love(4)

「……慣らすから。」和樹はそう言い、ベッド下からローションやコンドームを入れた箱を出した。そこにはまさにそのバイブレーターもある。 「自分で。」涼矢が手を伸ばすのを制止して、和樹はローションを自らの手にたっぷりと取る。 「ゆっくりやるけど、キツかったら言って。」さっきまでとは打って変わって優しい口調になる。「横、向いて。そのほうが楽だと思う。」 「初めてじゃあるまいし、そんな丁寧にやんなくても。」 「いいから、言うこと聞けって。手のやり場に困るならこれでも抱いとけ。」和樹は枕を押し付けて、涼矢を横向きに寝かせた。それから、その背中に寄り添うように座り、予告通りゆっくりと涼矢の後孔に指を伸ばした。だが、いきなり中に入れたりはしない。その周辺をマッサージするようにほぐしていくだけだ。  涼矢は「あっ。」と声を上げたかと思うと、すぐに枕にぎゅっと顔を押し付け、声のボリュームを下げた。 ――声、我慢しなくていいのに。  和樹は枕に半分埋もれている涼矢の髪をかきあげる。涼矢は口を結び、目まで必死につぶっていた。 「力、抜いて。声出したほうがいいよ。」  枕に埋もれたまま、涼矢はいやいやをするように顔を左右に振った。 ――なんだよ、おまえだってそんな風になるんじゃないか。  幼児のように背中を丸め無防備に尻を出している涼矢が、不安なのか恥ずかしいのか、そんな態度をとるのがなんだかおかしい。 「やっぱこれ、没収。」和樹は悪戯心も手伝い、枕を取り上げた。これでもう、ベッドの上に涼矢の目や口を塞ぐ手立てはない。今は足元に畳んでおいてある掛け布団を頭から被るようなことをすれば別だが、そこまでやったら「なんでもする」という言葉を破ることになる。涼矢なら決してそうしないはずだった。  現に今、涼矢は困った顔で和樹を見上げているが、和樹を責め立てるようなことはしない。 「指、挿れるよ? 一本だけだから平気だろ?」和樹がそう言って指の挿入を始めると、涼矢は再び和樹に背を向けて、ぎゅっと目をつぶる。和樹は思わず「大丈夫?」と強気な態度を崩してしまう。 「ん。」  少しばかり緊張した声が返ってきた。それでも緊張しているのは気持ちだけのようで、指は案外とスムーズに入っていき、和樹は罪悪感もなく「指、増やすね?」と言えることに安堵した。それでも本当に涼矢が嫌がっていないかと気にしながら、なおかつ指に伝わる感触の違いにも注意しながら「こと」を進めていく。  間もなく他とは違う一点を見つけた。「んあっ……は……。」涼矢の喘ぎも、そこが正解だということを示していた。  そこを刺激されるとどんな快感が走るのか、今では涼矢よりもよほど知っている。涼矢の中で蠢く指が、まるで自分自身のそこを刺激しているような錯覚に陥って、無意識に下半身が動いた。  涼矢を見れば、自分で自分の肩を抱くようにして、その肩には指が食い込んでいる。和樹は肩と首筋にキスをした。「もっと、力抜いて。」 「かず、あっ……や……。」切れ切れに喘ぐ涼矢の肌が汗ばんでいる。  和樹は更に指を増やし、慎重に丁寧に抜き差しする。たっぷりと使ったローションは辺りを濡らし、替えたばかりのシーツをまた替えなくてはならないな、とぼんやりと思った。でも、そのために前日に取り換えたのだから本望だ。 ――本望なんて大袈裟な。  自分の脳内に浮かんだ言葉に自分ひとりでおかしくなってクスリと笑う。 「なに……? 俺、どっか変……?」  和樹の笑い声に涼矢が不安の言葉を発した。 「変じゃないよ。」和樹は涼矢に語りかける。「可愛い。」 「かわ……。」涼矢は言われた言葉に納得いかない様子だが、それに言及する余裕はないらしい。  三本の指が、そう無理やりということもなく出入りできるようになるのを見届けて、和樹は提案する。「じゃあ涼、お楽しみの後半戦、行こうか?」  涼矢は顔だけ振り向かせて和樹を見た。「え、なに?」 「これ。」  和樹が手にしたものが何かを悟ると、涼矢は目を見開いた。見慣れない表情だ。この顔が見られただけでも収穫だ、と和樹は思う。だが当然、そこでやめるつもりはない。 「……今?」 「今。」 「俺?」 「そう、おまえに使う。」 「……。」 「なんでもするんだろ?」和樹はバイブをこれ見よがしに振ってみせた。 「……いいよ。和樹がしたいなら。」  和樹は舌打ちでもしたい気分になった。この期に及んで、わがままを言っているのは自分のほうだと言われているようだ。 「ゴムはつけて。」と涼矢が付け加えた。これこそ「中出し」のリスクもないのに、と不思議に思うが、すぐに思い出した。"衛生上の問題"を気にしているのだろう。確かアナルプラグの時にもそんなことを言っていた。  和樹は素直にコンドームを被せて、これで文句ないだろうとばかりに、わざと涼矢の眼前でスイッチを入れてみせた。 「エグいな。」と涼矢が呟いた。 「おまえのよりは小せえから安心しろよ。」 「俺は自分のモノ入れたことないからなぁ。」 「……ったりまえだろ、馬鹿。」  和樹は苦笑いをしながらバイブを涼矢の下半身にあてがった。

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