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第846話 fall in love(5)

 その瞬間に涼矢の身体が硬くなる。和樹の予想よりは緊張していない様子の涼矢だったが、さすがにいざこんなものを挿入するとなったら、余裕などなくなるのだろう。弱気な涼矢の顔を見てみたくなり、和樹はそっと涼矢の顔を窺った。  そこで和樹は手を止めた。面白半分で見た涼矢の顔がやけに神妙な表情を浮かべていたからだ。痛みに耐えているようにも見えるが、まだバイブは挿入していない。ただ当てただけだ。どうしてそんな顔なのか、理解できなかった。挿入されること自体が嫌ならば、指の段階でその表情になったっておかしくない。でも、そうはならなかった。それなりに快感を得ているように見えた。 「……嫌なの?」 「……。」 「嫌ならそう言えよ。無理やりする気はねえよ。」和樹は涼矢の返事を聞く前にバイブを持つ手を引っ込める。 「嫌では……ない。」涼矢は小声で言った。 「明らかに嫌そうなんだけど。」 「だ………かず……った、から。」  声が小さすぎて良く聞き取れない。和樹はそれ以上進めるのを諦めて、ごろりと横になり、涼矢と向き合った。 「何? ちゃんと言えよ。」 「和樹が……言った……。」 「俺が何を言ったって?」  涼矢は黙りこくってしまう。また「適切な言葉を探している」のだろうか。しかし、和樹としては、このタイミングでその答えが出るのを延々待つ気にもなれない。 「……分かったよ、やんねえよ。いつも通りな。それならいいだろ?」 「え……やだ。」 「はあ?」  やっと一言発したかと思えば「やだ」。和樹が呆れていると、突然涼矢の手が和樹のペニスをむんずとつかんだ。 「ちょ、な、何?」思わず腰が引けてしまうが、涼矢はペニスを握ったまま、和樹を見つめている。「おい、ちょっと。」 「これがいい。」 「へ?」 「和樹が言った。これを覚えてろって。」 「え?」  和樹は涼矢が言い出した言葉の意味を考え始めたが、その答えが出る前に涼矢が続けて言う。 「だから俺、一人の時でもこっちは使ってない。」 「……。」今度は和樹が押し黙る番だった。 ――言った。確かに言った。  和樹はやっとそのことを思い出していた。東京に来る前のことだ。そんなことをすれば余計に離れ難くなると分かっていながら、毎日抱き合った。でも元カノのミサキと過ごしたあのセックス三昧の日々とは意味が違った。涼矢とは、離れ難くなるからこそ、そうしたのだ。自分のことを三年も黙って見ていた涼矢。おこがましい欲求ではあったが、そんな涼矢に、両想いになったからと言って簡単に満足してほしくはなかった。離れてしまうからこそ未練を、執着を、持っていてほしかった。 ――だから、初めての時のように、俺がこいつを抱いた。 ――そして、言ったんだ。これが俺の形だと。覚えてて、と。  あの言葉を忠実に守っているのか。そのせいでバイブは嫌だと言うのか。和樹はくらくらした。嬉しいと言うよりは恐怖に近い気分だ。そう言えばその後だって何度か「逆」の立場でセックスはしたけれど、その都度丁寧にほぐさねば受け入れられそうにない状態だった。「そっち」をするのが嫌なのかと思えばそうでもなさそうな反応をする割に、毎回頑なな処女に戻ってしまう理由がようやく理解できた。 ――まぁ、処女はチンコつかんで「これがいい」とは言わないけど。  何故だか笑いが込み上げてきた。それと同時に涼矢への愛しさが溢れ出して、和樹は涼矢を抱き締めた。 「いいよ。涼矢がそうしてほしいなら、なんでもやるよ。」  いつもは涼矢から言われるセリフだ。――おまえがそう望むなら何でもするし、何をしてもいい。  涼矢は俺の背骨が好きだと言うけど、涼矢の背骨だって悪くない。和樹はバックで涼矢を貫きながらそんなことを思っていた。ただし、それ以外の背骨について意識して見たことがないから比較はできない。それから、水泳選手時代の名残りで上半身が平均以上にしっかり仕上がっている分、腰にはくびれもあるけれど、女性のカーブとは違う。 「あっ、ああっ……和樹、いっ……!」  喘ぎ声だって俺より低音で。尻だって大して柔らかくない。 「涼、好きだよ。」  それでも、やっぱりこいつが好きだ、と思う。抱くのも、抱かれるのも、こいつがいい。こいつじゃなきゃ嫌だ。 「和樹、来て。」 「ん。」  涼矢のみっちりと狭いその中で、和樹は果てた。だが、果てたその矢先にはもう、自分の後孔が疼く。涼矢は満足気にぐったりと横たわっている。その時の幸福感だって自分のほうが知っている。横たわる涼矢を仰向けにさせて、たった今果てたばかりのペニスを扱き始めた。涼矢はその理由を問わない。だが、別のことを問いかける。 「なあ、それでいいの?」 「それって?」 「俺ので。」 「他に何が……って、おまえ、自分は嫌がったくせに俺にバイブ使えって言うのかよ。」  涼矢は笑う。「じゃあ、和樹も言ってよ。」 「何を。」 「俺のがいいって。」 「おまえ、俺にそういうこと言わせるの好きだよな?」

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