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第852話 fall in love(11)

「それもあるんだ。」 「ショック受けた顔するんじゃねえよ。」 「ショックに決まってるだろ、おまえのために頑張ってるのに、しつこいと思われてたら。」 「もうその話題から離れろ。」 「次からはしつこくしないようにする。」 「いいっつの、そっち方面でしつこいのは別に不満に思ってねえよ。」 「そうなの? ほんとに?」 「そうだよ、だから今だよ、今。今、こういうシチュエーションでしつこいって話をしてんの。あーもう、変なこと言うから、何の話してたか忘れただろうが。」 「卒業したら一緒に暮らす話。」 「うん。まあそれは、その時考えればいいだろって思うよ、俺はね。で、そうそう、思い出した。佐江子さんたちの。」 「銀婚式。」 「うん。それも、ごちゃごちゃ考えるのやめようぜ。二月か三月にやることにして、俺が参加すればいいんだろ? で、俺たちがちゃんと幸せですよってアピールすればいいんだろ?」 「アピールとはちょっと違うかな。」涼矢はカップを置いて考え込む。 「じゃあ、あれだ。説得。な? ま、佐江子さんたちは理解してくれてるけど、それをもっときちんと言葉にしたいってことだろ?」 「んー。」涼矢は益々思案顔だ。「そうなんだけど、やっぱそれも少し違う。理詰めで納得させたいわけじゃないんだ。」第一、あの両親を相手に言葉を尽くしたところで説得などできる気がしない。 「それもそうか。理詰めと言ったら、あっちはプロだもんな。」  和樹も同じように思ったらしいことが、おもしろくもあり、嬉しくもある涼矢だ。 「うまく言えないけど、あんたたちの子育ては間違ってなかったよって。」 「それをおまえが佐江子さんに言うの?」 「その気持ちが一番近い。」 「おかげさまでこんなに良い子になりましたって、こども本人が親に言ってあげるの?」和樹は笑う。 「いや、さすがにそこまでは言わないけどさ、でも、少なくとも、俺は親の育て方のせいでゲイになったわけじゃないし、こんな風に生まれたくなかったとも思ってないし、この先どうなろうと俺の責任であって……うん? この言い方は和樹に失礼か。」 「失礼、ではないけど、なんかピンと来ないな。おまえは俺に責任感じてるわけ?」  涼矢は反論しようとして口を開くが、言葉は続かなかった。 ――責任なら、感じている。  当たり前だろう、と涼矢は思う。本当なら和樹は、彼の好きな「普通」の人生を歩むはずだった。悩む必要のないことで悩ませたことだってあるだろう。今だってこうして話を聞いてくれるけど、親にきちんと言いたいのは自分より和樹のほうだろう。 ――だからといって、もうこいつを手放す気はさらさらないけれど。  和樹には、誰にも言えない秘密を抱えて欲しくなかった。太陽の下を堂々と歩ける人生を捨てて欲しくなかった。子や孫に囲まれる未来を諦めて欲しくなかった。だから突き放そうとしたこともある。和樹がいつ「そちら側」に戻ってしまっても耐えられるように、その選択を責めないでいられるようにと、自分の心にも予防線を張っていた。  それでも、ここまで来たし、ここまで来てくれた。自分は愛されているのだと、愛されていい存在なのだと信じられるようになった。そして、自分も人を愛していいのだと、そう思えるようになった。一生手に入らないと諦めていた幸せを与えてくれたのは、今目の前にいる和樹で、それから、一度も――和樹とつきあっていることを知ってからも尚――息子である自分を否定することのなかった両親だ。  確かに、両親に伝えたいことは責任の所在じゃない。本当に伝えたいのは。 「ありがとう、って。」 「え?」 「言いたい。親に。」  和樹は一瞬意外そうに眉を上げたが、すぐに微笑みを浮かべ、頷いた。それをゴーサインのようにして、涼矢は一気に話し出す。 「俺は俺で良かったって、やっと思えるようになった。和樹とこうしていられるから。巨乳の女の子でもなくて、哲みたいにグイグイ行けるタイプでもなくて、こういう俺だから好きになったって和樹が言ってくれたから。」  和樹の手が伸びてきて、涼矢の頬に触れた。「うん。俺は、そういうおまえだから好きだよ。」 「ずっと、嫌いだったんだよ、自分のこと。」 「……うん。」 「どうして普通になれないんだろうって、ずっと思ってた。」 「うん。」  涼矢は頬に当てられた和樹の手の上に自分の手を重ねた。「でも、和樹が、こんな俺でも、好きだって言ってくれるから。」 「自分のことも、好きになれた?」  涼矢は重ねていた和樹の手を握り直し、膝上におろす。そうして手を繋いだまま、頷いた。  和樹は涼矢の一連の動作を嫌がるでもなく、涼矢の好きに任せた。「先に好きって言ってくれたのは涼矢だよ。俺はそういう……好きだの愛してるだの言うのは照れくさいし、言わなくても分かるだろって思ってたからさ。ちゃんと言葉にしたほうがいいってのは、おまえが俺に教えてくれたことだ。」 「教えたんじゃないよ、俺は言葉の裏とか読めないから、はっきり言ってくれないと分からないってだけで。」

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