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第853話 fall in love(12)
「ん。確かにおまえのそういうとこ、親の影響っぽいよな。曖昧なものは認めないって言うか、ま、理屈っぽいとも言うけどな。」和樹はそう言って笑いながらも、握られていた手を自分のほうから握り直し、絡めた指先に力を籠める。
「理屈っぽいのもそうだけど、他にも似てて嫌だなって思うとこはある。けど、それ含めて俺だろ? こういう俺だから、これからも和樹と一緒にいられるんだとしたら、それは、俺をそういう風に育てた人のおかげでもあるよな?」
和樹はそれに対してすぐには返事をしなかった。どこか腑に落ちないといった様子だ。だが、しばらくして、ああ、と小声で言い、合点の行った表情に変わった。「まさにそういう言い方が佐江子さんぽい。」
「え?」
「親に似てるって話をする時は、普通、顔が似てるとか、声が似てるとか、あとはそうだな、運動神経がいいとか悪いとか。要は、遺伝的なことを言わない? でも、おまえはさ、そういうんじゃなくて、喋り方とか、考え方のことを言う。」
「俺とおふくろ、顔、似てないし。」
「や、そういう話じゃなくて……なんだろうなあ、おまえにとっての家族って、血がつながってることはあんまり大事じゃなさそう。」
「そう?」涼矢は考えを巡らせる。「うん、まあ、確かにそうかもな。それもやっぱりおふくろの影響かな。ほら、うちの母方の実家って仲悪いだろう? 腹違いの兄弟だのなんだの、なまじ半分でも血がつながってるせいで揉めてるわけだし。元をたどれば例の祖父さんが元凶だし。そんなの見てたら、血を分けた家族なら無条件に分かり合えるとか支え合えるとか、信じられない。」
「なるほどねえ。」
「和樹んちは仲良いよな。」
「まあ、悪くはないのかな。でも、だからってなんでも分かり合えるわけじゃない……。」和樹は涼矢から目を逸らす。――たとえば俺たちのこと、分かってくれようとはしているけれど、どこかズレている兄貴。考えたこともなさそうな母親。先入観にまみれた父親。悪気はないんだろう。無知なだけなんだろう。でも、それなら「同性愛について」の本でも読ませれば理解してくれるのかと言ったら、きっとそうじゃない。「要は親子でも兄弟でも所詮は別の人間だっつうことだ。」
涼矢はしまった、と思った。和樹に家族をそんな風に言わせる意図はなかった。今度は涼矢が気まずそうに目を伏せる。
そんな涼矢を見て、和樹は思った。涼矢は俺に責任を感じているに違いない。俺とつきあうことで、俺から"家族"を取り上げてしまうんじゃないかと。今の家族も、そして、俺が「普通に」女と結婚すれば得られたはずの新しい家族までも。――でも、もしそうだとしても、それはもちろん涼矢のせいじゃない。俺のせいでもない。「ゲイの息子なんか受け入れられない」のは親父とおふくろの問題だ。だって涼矢の両親は、"息子がゲイだから"一生懸命努力して寛容になったわけじゃないんだから。あの人たちはあの人たちの人生の経験があって、知識があって、もし涼矢がゲイでもそうじゃなくても、今と変わらない態度で「息子」を育てたんだろうから。
和樹は涼矢を下から覗き込むようにした。「な、だから言ったろ?」
「えっ?」ニヤリと笑いかけてくる和樹に戸惑う。
「もしさ、もし、俺らがいつか、こどもが欲しいって思うようなことがあったら、血のつながりがなくても、やり方次第でいくらでも家族になれるってことだよ。涼矢んとこなんか、顔は似てないし、メシだってろくに一緒に食ってないのに、ちゃんと家族になってる。それが一番の証拠だろ?」
前にもそんなことを言い出した和樹だ。こどもが作れないことに罪悪感があると言う涼矢に、こともなげに「欲しければそういう施設からこどもを引き取って育てればいい」などと、呆れるほど能天気なことを言っていた。
だが、それはまた違う話だ。そんな簡単なものではない、と涼矢は思う。「メシだってろくに一緒に食ってない」佐江子にしたって、一応は何ヶ月も腹に宿し、所謂「お腹を痛めて産んだ」という前提があるから自然と親子の情ってやつが湧いたのだろうし、母親であり息子であるという関係が揺るがないのだ。和樹の能天気さは救いであり希望でもあるのだけれど、時に残酷だ、と思う。意志ではどうにもならない事実を浮き彫りにする。
そういう前提のない俺らが、どこかの施設から親を知らない子を引き取ったからって、そう簡単に親子になどなれるはずもない。
一度はそう結論付けた涼矢だったが、和樹にそれを話す前に再び考える。
――でも、あの人たちなら……親父とおふくろなら……たとえ俺が誰かに生み捨てられた"そういう子"であったとしても、ごく自然に「親子」になったかもしれない。
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