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第854話 fall in love(13)
それは充分現実味を帯びた想像だった。両親はこどもがなかなかできなかった。不妊治療の末に生まれたのが自分だ。これでダメならもう諦めようと決めた最後のチャンスでできた子だったと聞いたことがある。もしそれでできなかったなら、養子を引き取るという選択もしたかもしれない。そして、養子を望むなら、特に佐江子は、親類縁者の伝手を頼るよりも血縁など一切関係のない子がいいと思ったのではないだろうか。
涼矢は佐江子と正継の顔を交互に思い浮かべた。あの両親がそういう子を育てたなら……やっぱり今の俺に対するものと変わらないだけの愛情を、その子に注いだことだろう。だとしたら、やり方次第で家族にはなれるという和樹の言葉は、少なくとも自分の両親のようなタイプが親になるのならば、正しいだろう。
「そう……かもな。」
ただ、そう言う和樹本人がその立場に立たされた時に、その言葉通りに行動できるかは分からないとも思う涼矢だった。和樹がそう言えるのは良くも悪くも「知らない」からだ。親にも誰にも言えない秘密を抱える孤独を。我が子がそんな孤独の中にいたことを後から知らされる親の衝撃を。幸い正継も佐江子もその衝撃に耐えうるだけの知識と経験があったけれど、そんな風に悠然と構えていられるほうが珍しいことぐらい察しが付く。いや、佐江子ですら知った当初は内心動揺していたのだ。
それでも涼矢は和樹の言葉を否定する気にはなれなかった。同棲のことも家族のことも今答えを出す必要はない。そんなことのために和樹との関係がギクシャクするほうが、よほど避けたい事態だ。
ぽつりと肯定した涼矢に、和樹は言う。
「ということはだな、佐江子さんたちには、俺からも感謝しなくちゃいけないよな。良い子に育ててくれてありがとうございますってさ。あ、そうだ、おまえ、あれやればいいんじゃない? 花嫁からの感謝の手紙、みたいなやつ。」
「嫌だよ。」涼矢はこれに関しては即座に否定して、恥ずかしそうに繋いでいないほうの手で顔を覆った。「結婚式で本物の花嫁がやるからいいんだろう、ああいうのは。」
「結婚式でも銀婚式でも、息子が感謝の言葉伝えたっていいと思うけど。」
「や、無理だって。」覆っていた手を、今度は顔の前でパタパタと振る。
「いるのは両親と俺とアリスさんぐらいだろ?」
「そんなに言うなら、おまえやれよ。俺は終わった後にでも、メールかなんかで言うから。」
「それじゃおまえが銀婚式やってあげる意味が半減するだろうが。」
「じゃあ俺のやりたいようにやらせろよ。」
「どうやりたいんだよ?」
涼矢は言葉に詰まる。「だ、だからそれは……これから考える。」
「ま、いいけどさ。」和樹は最後は軽い口調でそう言い、この話はもう終わりと言わんばかりにベッドに飛び乗るようにして転がり込んだ。
涼矢は一口だけ残っていたコーヒーを飲み干すと、ベッドに乗る。和樹は涼矢のスペースを空けるために奥に寄り、二人並んで仰向けに寝転ぶ形となった。
「なんか落ち着かねえと思ったら、逆だな。」
「ん?」
「いつもおまえが壁側だろ。」
「そう言えば、そうかも。無意識だけど。」そう言いつつ移動する気配はない。
「おまえが来て帰った後は、なんとなくそっち側空けちゃうんだよな。」
「じゃ、明日も?」
「たぶん。」涼矢の言葉に、明日にはもう涼矢はここにいないのだと思い知らされる。無意識に身体を半回転させて、涼矢にぴたりと寄り添った。
急に密着してきた和樹の背中に、涼矢が腕を回す。そのまま更に引き寄せて、和樹の額にキスをした。
「一泊は短いな。」和樹が呟く。
「うん。」
「あ、そうだ。」和樹は手探りで枕元を漁り、充電中のスマホに行きあたると、それを手慣れた様子で片手で操作した。「写真、撮ろ。最近のないから。」
「ベッドで?」
「そう。」
「やらし。」
「服着てるし。」
「脱ごうか?」からかうように涼矢が言った。
「おう、脱げ脱げ。」和樹も笑いながら言う。
ハハ、と笑って冗談としてやり過ごそうとしていた涼矢は、次の瞬間、少々狼狽える羽目になった。和樹が着ていたTシャツを脱ぎ始めたからだ。
「おい、マジで?」
「いいだろ、別にこれぐらい。ほらほら、涼矢くんも。」
「ちょっ。」
和樹は、身をよじって逃げようとする涼矢のシャツを引っ張った。それに観念して、涼矢も上半身を露わにする。
「だいじょぶだって、このへんから上だけ。ここまで。な?」和樹はカメラを自撮りモードにすると、鎖骨ほどまでが入る角度に位置を調整する。涼矢が映り具合を確認しようと画面を覗き込んだ瞬間に、最初のシャッターを切る。
「え、今、撮った?」
「撮った。」
「そういうのやめろよ、俺、今、絶対すげえアホ面してた。」
「大丈夫大丈夫、いつも通りのいい男。」和樹は撮れた写真を涼矢に見せた。「俺のほうがヤバイ。」
写真の和樹はニヤニヤと笑っていて、涼矢は画面をもっと近くで見ようと目を見開いている。どちらも相手の表情には見覚えがあるが、自分の顔は見慣れない顔だ。
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