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第29話 GINGER ALE(6)

「涼矢らしいいやらしさだな。」和樹は笑った。  ベッドに腰掛けてテレビをつける和樹に、涼矢は「ドライヤー借りるね。と、ブラシも使ってい? 持ってくるの忘れた。」と言った。 「あるもんは勝手に使っていいよ。」間もなくドライヤーの音がしてきて、和樹はテレビの音量を上げた。  涼矢が戻ってくると同時に、和樹は再び音量を下げた。「あ、ごめん、ドライヤーの音、うるさかった?」 「ん。別に。涼矢ってそれ、髪の毛、伸ばしてるの。」  涼矢のサイドの髪は、耳がちょうど隠れる程度に長い。後ろ髪も相応に長く、もう少しで肩にかかりそうだ。前髪はそこまで長くないから、卒業の少し前のような、全部が全部伸ばし放題だった時とは違うが、男性にしては若干長めだろう。「お悩み中。長いの嫌?」 「嫌じゃないけど、涼矢は今ぐらいがいいかな。自分ではそこまで伸ばす気ないけど。」 「伸ばしたくない?」 「俺が? うん、なんか、坊主歴が長すぎて、慣れないんだよ。たまに少しは伸ばそうかなと思うけど、耳にかかるとイラッとしてウワーッてなる。」 「俺も坊主歴長いけどね。俺は反動が出たんだな。」涼矢は笑う。2人とも高校の水泳部では丸刈りに近い短髪だった。  ベッドに腰掛ける和樹の背後に涼矢も座った。背後から和樹を抱え込むように腕を回した。「考えてみると、涼矢のほうがロックだよな。髪伸ばしたり、ピアスしようっつったり。俺のほうがチャラいと言われてるのに。」 「和樹の名前のタトゥーでも入れてやろうか?」涼矢は和樹の首筋にキスをした。 「だめ。」 「だと思った。」涼矢は和樹の耳の裏で、すん、と鼻を鳴らした。「和樹の匂いもあるけど、特にここからって感じはしないな。風呂上がりだからシャンプーの匂いしかわかんない。」 「俺の匂いなんてあるの?」 「あるよ。部屋に入った時に、あー、和樹の匂いだって思ったし。日常的にすごく匂ってるわけじゃないけど。」 「フェロモン薄いのかな、俺。」和樹は背後の涼矢に体重を預けた。 「おもっ。」 「快適、涼矢椅子。」 「ちょっと、椅子にしたいんなら、移動。」涼矢は和樹をいったんよけた。それから、ベッドは壁につけて置いてあるが、その壁に自分の背中をくっつけて安定させると、「はい、どうぞ。」と言った。和樹は腰を浮かせて、「涼矢椅子」へと移動して、涼矢の中にすっぽりと納まった。涼矢は改めて背後から和樹を思い切り抱擁して、和樹の髪の中に顔を埋めた。「あー、どうしよ。」 「何が。」 「幸せ。俺、いま、人生で一番幸せだと思う。」 「はは。こんなのでいいの?」 「え、最高だけど。和樹がここにいて、くっついてて、しかも裸だ。」 「いいだろ、裸族?」 「俺は服着るけどね。」 「脱がせてほしいわけ?」 「脱がせるのも、脱がされるのも好きだよ。」  和樹は顔だけを背後の涼矢に向ける。「キスして。」 「しない。」 「なんで。」 「買い物行かなきゃ。さっき冷蔵庫見たら何にもない。」 「それとキスと何が関係あるんだよ。」 「キスなんかしたら、そこで終われない。」涼矢は和樹を優しく引きはがした。「裸族は、だから、困る。」 「買い物って、さっき涼矢がいろいろ作ってきてくれたの、あるだろ。」 「あれはほとんど副菜みたいなものばかりだから。あと、調味料とかもなさそうだし。包丁とまな板ぐらいはあるよな? それに皿……。」 「あーっ!」和樹は飛び起きた。 「なんだよ、急に。」  和樹は例の食器の入った、大きな紙袋を持ってきた。「1か月以上遅れたけど、誕生日おめでとう。」 「え。これ、そうなの? ピアスもらったのに。」 「だからピアスはピアスで、約束してたやつだから。誕プレとは別だって。」  涼矢は大きな包みの、大きなリボンに手をかけた。「開けていいんだよな? これ持ち帰るの大変そうだけど、何だろ。」 「持ち帰らなくていい。」 「え?」 「いいから、開けてみてよ。」  包みの中には緩衝材、そしてまた箱。箱を開けると、また緩衝材。それを取り除いてようやく本体が見えてきた。最初はマグカップだった。ひとつの箱に2つ。「あ。」涼矢は小さくつぶやきながら、別の箱を開けた。  全てを開け終わる。マグカップと、大小の平皿、スープボウル、最後にカトラリー。平皿とボウルは重ねないとテーブルの上に並べきれなかった。 「ここに置いておいて、おまえ来た時に、それ使えばいい。……持ち帰りたいなら、持ち帰ってもいいけどさ。」  涼矢は首を横に振る。「ここに置いておく。」しばらく黙ってうつむいていた。 「泣いてねえよな?」 「辛うじて。」涼矢はマグカップの縁を指先で撫でた。「さっきの、撤回。」 「うん? さっきの?」 「一番幸せって、今だ。裸の和樹ハグするより嬉しい。あ、やっぱ同じぐらいかな……。」 「どっちでもいいけど。そんなに気に入ってくれたんなら、良かった。」 「うん。そんなに気に入った。嬉しい。ありがとう。」 「じゃあ、喜びのキスぐらいして。」和樹は自分の頬を指で示した。涼矢はそんな和樹の両肩に手を置いて、頬ではなく唇にキスをした。和樹も涼矢の背に腕を回す。 「……だから……止まんなくなるから。」そう言いつつも、涼矢は何度も口づけを繰り返した。

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