30 / 1020
第30話 GINGER ALE(7)
「いいじゃん。」和樹は、涼矢の着ていたTシャツの襟ぐりを引っ張り、鎖骨のくぼみに口づけた。
「こら。」涼矢は和樹の手を取り、体を離した。「続きはメシの後。買い出しから行かなきゃなんないんだから。」
「そんなことまできっちりしてんな。」
「ヤる時はそれだけに没頭したいんだよ。」
「はいはい。……食い物だけ? なんか他に要るものあるの?」和樹はようやく服を着た。
「キッチン、チェックしてからでいい?」
「あっはい、どうぞ。」
涼矢は冷蔵庫の中を再度見てから、シンク周りの収納スペースを一通り開けて、そのガランとした何もないスペースに軽い眩暈を覚えながら、必要そうなものをメモして行った。
「なあ、別にみりんやオイスターソースを買い置けとは言わないけど、塩と胡椒ぐらいあってもいいと思うぞ。あと、味噌は?」
「塩胡椒、あるだろ。」
「この、塩と胡椒と化学調味料が一体化してるコレのことか?」
「そう、それ、便利。」
「胡椒だけ使いたい時はどうするんだ。」
「そんな時はない。」
涼矢はため息をつく。「で、味噌は?」
「ない。味噌汁は外で食うか、インスタントのやつ。」
「……わかった。それと、包丁はこの1本か?」
「ああ。」
「ピーラーとか使わない?」
「何それ。」
「野菜の皮剥き。」
「ねえな。」
「あったら使う?」
「あっても使わない。」
「了解。」
「おろし金。」
「ない。あっても使わない。」
「了解。」
「ホットプレート。」
「ないけど、あったら使うかも。今後、友達来るかもしれないし。あれば便利だよな、きっと。」
「了解。引っ越し祝いに買ってやる。ホットプレート売ってそうなとこに連れていけ。ドンキとかでもいい。」
「OK。」
2人は部屋を出た。昼間も周辺を歩いたが、夕方近くになると居酒屋の明かりが灯りだし、雰囲気が少し様子が違うように見えた。
「都内って、食品からちょっとした家具まで揃うような、でっかいショッピングセンターってのが案外少なくてさ。フードコートがあって、駐車場があって、みたいなとこ。土地代が高いからだろうな。あのカーテンとか、どこで買えばいいのかわかんなくて、結構ウロウロしちゃった。」
そんなことを言いながら、まずは食品スーパーに向かう。
「挽き肉買うの? もしかしてハンバーグ?」涼矢がカートに豚挽き肉を入れるのを見て、和樹が言った。
「目をキラキラさせて言うな。こどもか。」
「ハンバークじゃないの?」
「ハンバーグじゃない。これは豚だし。」
「ええー。」不満そうな声を上げる和樹に、涼矢は渋々、牛挽き肉のパックも追加した。
「ハンバーグも作る。でも今日は違うの作る。」
「わーいハンバーグ。」
「今日は違うっつてんだろ。」
「何作るの。」
「餃子。」
「ああ、だからニラと白菜。」既にカートに入っているそれらを見て、和樹がうなずいた。
「そう。」
「餃子って自分で作れるんだ。うち、冷凍餃子だったよ。」
「作る量によってはそのほうが安上がりかもな。ただ、今日は大量に作る。餃子しか作らない。俺がおまえを一人前の餃子職人にしてみせよう。」
「何キャラなの、それ。」
「気にするな。本当は皮から作りたいところだが、そこはおまえにはハードルが高いと思うので、出来合いで済ませてやる。」涼矢は餃子の皮をカートに入れた。
「え、ちょっと待ってよ。作ってくれるんじゃないの。ていうかすっげえ多くないか、皮。」
「200個分だ。半分は冷凍するから安心しろ。餃子が作れるようになれば、家で餃子パーティーができるぞ。友達が来ても困らないぞ。男女問わず餃子嫌いな人はめったにいないぞ。」
「ああ、それはいいな。」
「……単純な奴。」
「えっ。」
「なんでもない。」
その後、いくつかの食材と調味料を買い、いくつかの調理器具を買い、ホットプレートは現品限りで安売りになっていたものを買った。
帰宅すると、涼矢は早速白菜を刻み始めた。買ってきた食塩で塩もみをし、買ってきたザルで水気を切る。
「白菜なかったらキャベツでもいいし。」などと和樹に教えながら作るが、当の和樹はあまり乗り気ではなさそうだ。
「はい、じゃ、しっかり混ぜて。」買ってきたボウルに材料を入れると、涼矢は和樹にボウルごと渡す。
「へーい。」
「愛情込めろよ。」
「へいへい。」それでも、指示通りにタネを混ぜはじめた。「ああ、こういう時に使えばいいんだろ? ヘッドセット。」
「そうそう。両手使えるからね。」涼矢はホットプレートを外箱から取り出して、セッティングをしていた。それが終わると、再び和樹の元に戻ってきた。「両手がふさがれてる相手なら、こんなことしても抵抗されないね。」涼矢は通りすがりに、和樹の頬にキスをした。
「あ、ちょっ、馬鹿。卑怯な。」和樹はベタベタの手を不器用に振り回す勢いだったが、思いとどまったようだ。
「これって卑怯って言うの?」涼矢は笑いながら餃子の皮の袋を開封する。これもまた、買ってきたばかりの、キッチンばさみで。
「するなら、ちゃんとしろよ。」
「あ、そういう不満?」涼矢はもう一度和樹のそばに寄った。和樹が涼矢のほうを向いて目をつぶった。涼矢がその唇にキスをする。「これでいい?」
ともだちにシェアしよう!