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第30話 GINGER ALE(7)

「いいじゃん。」和樹は、涼矢の着ていたTシャツの襟ぐりを引っ張り、鎖骨のくぼみに口づけた。 「こら。」涼矢は和樹の手を取り、体を離した。「続きはメシの後。買い出しから行かなきゃなんないんだから。」 「そんなことまできっちりしてんな。」 「ヤる時はそれだけに没頭したいんだよ。」 「はいはい。……食い物だけ? なんか他に要るものあるの?」和樹はようやく服を着た。 「キッチン、チェックしてからでいい?」 「あっはい、どうぞ。」  涼矢は冷蔵庫の中を再度見てから、シンク周りの収納スペースを一通り開けて、そのガランとした何もないスペースに軽い眩暈を覚えながら、必要そうなものをメモして行った。 「なあ、別にみりんやオイスターソースを買い置けとは言わないけど、塩と胡椒ぐらいあってもいいと思うぞ。あと、味噌は?」 「塩胡椒、あるだろ。」 「この、塩と胡椒と化学調味料が一体化してるコレのことか?」 「そう、それ、便利。」 「胡椒だけ使いたい時はどうするんだ。」 「そんな時はない。」  涼矢はため息をつく。「で、味噌は?」 「ない。味噌汁は外で食うか、インスタントのやつ。」 「……わかった。それと、包丁はこの1本か?」 「ああ。」 「ピーラーとか使わない?」 「何それ。」 「野菜の皮剥き。」 「ねえな。」 「あったら使う?」 「あっても使わない。」 「了解。」 「おろし金。」 「ない。あっても使わない。」 「了解。」 「ホットプレート。」 「ないけど、あったら使うかも。今後、友達来るかもしれないし。あれば便利だよな、きっと。」 「了解。引っ越し祝いに買ってやる。ホットプレート売ってそうなとこに連れていけ。ドンキとかでもいい。」 「OK。」  2人は部屋を出た。昼間も周辺を歩いたが、夕方近くになると居酒屋の明かりが灯りだし、雰囲気が少し様子が違うように見えた。 「都内って、食品からちょっとした家具まで揃うような、でっかいショッピングセンターってのが案外少なくてさ。フードコートがあって、駐車場があって、みたいなとこ。土地代が高いからだろうな。あのカーテンとか、どこで買えばいいのかわかんなくて、結構ウロウロしちゃった。」 そんなことを言いながら、まずは食品スーパーに向かう。 「挽き肉買うの? もしかしてハンバーグ?」涼矢がカートに豚挽き肉を入れるのを見て、和樹が言った。 「目をキラキラさせて言うな。こどもか。」 「ハンバークじゃないの?」 「ハンバーグじゃない。これは豚だし。」 「ええー。」不満そうな声を上げる和樹に、涼矢は渋々、牛挽き肉のパックも追加した。 「ハンバーグも作る。でも今日は違うの作る。」 「わーいハンバーグ。」 「今日は違うっつてんだろ。」 「何作るの。」 「餃子。」 「ああ、だからニラと白菜。」既にカートに入っているそれらを見て、和樹がうなずいた。 「そう。」 「餃子って自分で作れるんだ。うち、冷凍餃子だったよ。」 「作る量によってはそのほうが安上がりかもな。ただ、今日は大量に作る。餃子しか作らない。俺がおまえを一人前の餃子職人にしてみせよう。」 「何キャラなの、それ。」 「気にするな。本当は皮から作りたいところだが、そこはおまえにはハードルが高いと思うので、出来合いで済ませてやる。」涼矢は餃子の皮をカートに入れた。 「え、ちょっと待ってよ。作ってくれるんじゃないの。ていうかすっげえ多くないか、皮。」 「200個分だ。半分は冷凍するから安心しろ。餃子が作れるようになれば、家で餃子パーティーができるぞ。友達が来ても困らないぞ。男女問わず餃子嫌いな人はめったにいないぞ。」 「ああ、それはいいな。」 「……単純な奴。」 「えっ。」 「なんでもない。」  その後、いくつかの食材と調味料を買い、いくつかの調理器具を買い、ホットプレートは現品限りで安売りになっていたものを買った。  帰宅すると、涼矢は早速白菜を刻み始めた。買ってきた食塩で塩もみをし、買ってきたザルで水気を切る。 「白菜なかったらキャベツでもいいし。」などと和樹に教えながら作るが、当の和樹はあまり乗り気ではなさそうだ。 「はい、じゃ、しっかり混ぜて。」買ってきたボウルに材料を入れると、涼矢は和樹にボウルごと渡す。 「へーい。」 「愛情込めろよ。」 「へいへい。」それでも、指示通りにタネを混ぜはじめた。「ああ、こういう時に使えばいいんだろ? ヘッドセット。」 「そうそう。両手使えるからね。」涼矢はホットプレートを外箱から取り出して、セッティングをしていた。それが終わると、再び和樹の元に戻ってきた。「両手がふさがれてる相手なら、こんなことしても抵抗されないね。」涼矢は通りすがりに、和樹の頬にキスをした。 「あ、ちょっ、馬鹿。卑怯な。」和樹はベタベタの手を不器用に振り回す勢いだったが、思いとどまったようだ。 「これって卑怯って言うの?」涼矢は笑いながら餃子の皮の袋を開封する。これもまた、買ってきたばかりの、キッチンばさみで。 「するなら、ちゃんとしろよ。」 「あ、そういう不満?」涼矢はもう一度和樹のそばに寄った。和樹が涼矢のほうを向いて目をつぶった。涼矢がその唇にキスをする。「これでいい?」

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