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第31話 GINGER ALE(8)
「物足りないけど、ま、いいや。」
「そしたら、早速皮で包みましょう。」
「なんか俺、軽くあしらわれてるなあ。」
「そんなことないよ。」涼矢は皮を1枚取ると、スプーンで餡をそこに載せた。「このぐらい。で、こう、包む。」
「ああ、そういうの、見たことあるな。」
「はい、では、やってみましょう。」
涼矢と和樹は並んでその作業を始めた。和樹は見よう見まねながらも、案外と器用にその作業をやってのけ、じきに涼矢と同じペースで遜色ないものを作れるようになった。
「器用だね。」
「そう?」
和樹が買った平皿の大きいほうに、次々に餃子が並んでいく。あっという間に皿一杯になり、次の1枚の登場となった。並べるスペースもなくなってきて、涼矢は先に冷凍用の分をラップで包み、冷凍庫に移動させた。
「1か月ぐらいはもつから、俺が帰った後にでも、食べる分だけ出して、焼いて。」
「ああ、うん。」和樹の顔が、ふと、曇る。
「ん? なんでそんな変な顔してるの。」
「来たばっかなのに、帰った後の話なんかするから。」
「ああ……。」涼矢は顔だけ和樹に近づけて、キスをする。「ごめん。」
「……俺、今日、すげえカッコ悪いな。甘えてばっか。」和樹が苦笑した。
「甘えていいし。カッコ悪くもないよ。俺だってこんな、俺のままごとみたいな趣味につきあわせてる。」
「ままごとじゃないだろ。生活に必要なことだ。俺、一人暮らし始めて、ホントしみじみ思ってるよ。俺、ダメだなあって。前におまえに、家事できなさそうって言われて、そんなことねえよって思ってたけど、ホント何にもできなくて自分でもびっくりしてる。」
「そうかな。思ってたよりはまともに暮らしてるなあと感心したけど。」
「それはおまえ、相当低ーいレベルで見積もってたんだろ。それはそれでひでえ話だけどな。」
「……淋しい? 一人暮らし。」
「うん。そうだな。でも、なんていうんだろう、一人でいる時が淋しいんじゃないんだよな。一人でテレビ見たり、メシ食ったり、別にそれは淋しくない。たとえばさ、朝、ガッコ行くときに、空き缶蹴飛ばして転がしちゃったとするだろ? でも、急いでるから、まあいいやって、そのまま出かける。帰ってきて、それがそのままなんだ。1ミリも動いてない。そういうのを見た瞬間にさ、ああ、俺、一人なんだなあって思う。」
「へえ……。確かに、うちも大概個人単位の家庭だけど、いくら生活サイクルがずれてて顔を会わせない日が続いても、自分以外の人間が生活している気配ってもんはあるもんな。」
「そう、そうなんだよ。ま、だいぶ慣れたけどね。」
「裸族生活も謳歌する余裕もできたしな。」
「はは。涼矢は一人暮らししても、ちゃんと服は着るんだろ?」
「着るよ。ビシッとね。……ほら、もう、だいぶ終わりに近づいた。結構簡単だろ?」
「包むのはいいけど、野菜切るのがちょっとなあ。」
「次回はクッキングカッターでも買ってやろうか。」
「置き場所がない。」
「シンク下とかガラ空きだったし。」
「もう、おまえの好きに使っていいよ。」
「収納スペースは空いてるのに、なんでこんなに収納されていないんだよ。」
「どこに何があるかすぐに分かるだろ。」
「まったく。」涼矢は包み終えた餃子をテーブルのほうに持っていく。「すぐ食う?」
「うん。すぐ食う。そんで、すぐヤる。」
「馬鹿。」涼矢は醤油や酢、ラー油などをテーブルに並べた。むろん、酢とラー油はさっき買ってきたものだ。
「にんにくマシマシのスタミナ餃子にすれば良かったな。」
「おろしにんにくも買ってきたよ。チューブの。つけダレのほうに入れれば? そのつもりで餃子のほうには入れてない。」
「涼矢も使う?」
「うん。」
「じゃ、そうしよ。」
「なんで俺次第?」
「俺だけにんにく臭かったら嫌だろ? 2人とも食ってるならいいけど。」
「にんにく臭いセックス。」
「そう。」
「すげえやだ、それ。」
「歯磨きしてからヤるか?」
「それもなあ。いかにもだよなあ。」
「この会話してる時点でいかにもも何もねえだろ。」
「それもそうだな。」言いながら、涼矢はホットプレートが適温になったのを確認して、餃子を並べ始めた。
「大量。」
「100個だからね。一度に焼くのは無理だけど。」
「食えるかな。一人50個だぞ。」
「食えるよ。白飯あったら無理かもだけど、餃子だけなら結構いける。特にこれ、半分以上野菜だしな。」
「食ったことあんの?」
「あるよ。」
「一人で?」
「おふくろが割と好きなんで、リクエストされると作る。おふくろでも30個ぐらいは食うよ。」
「あんなに細いのに。」
「なんか結構厄介な仕事してた時があってさ。バテバテで、スタミナつくもの作ってくれと言われて作ったのが、俺が自分で餃子作った最初かな。あの人、もともと焼き鳥とか、餃子とか、一杯飲み屋のメニューみたいなもの好きだしね。おふくろはビール飲みながらひたすら食ってる。親父も一回食ったことあったかな。」
「おまえん家のおふくろの味は涼矢が作ってるな。」
「そうかも。」並べ終えると、水を入れて、蓋をする。「音を聞いてるとね、途中で変わるから。今の、水が沸騰してるような音から、焼ける音に。」
「ほうほう。」
「おまえ、全然真面目に聞いてないな。俺は、淋しいおまえに友達ができて、部屋に呼ぼうって時に役に立つだろうと考えてだな。」
「呼ばない。」和樹が少しすねたように言った。「友達はもういるよ。でも、ここには呼ばない。」
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