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第856話 fall in love(15)

「もう、おまえは。」 「仕方ない奴だなって?」涼矢がニヤリとした。「俺の我儘を聞いてくれて、ありがとう。」棒読みの口調は、それが事実ではないけれど、「そういうことにしておいてやる」という涼矢の意思の表れだ。 「うっせえよ。」  ただでさえ口では勝てない涼矢を相手に、筋の通った反論などはもう無理だった。和樹の身体から力が抜ける。 「そろそろ、これ、いい?」  いつの間に用意していたのか、涼矢は和樹の中に挿入していないほうの手で、バイブをちらつかせた。 「やんなきゃダメ?」 「ここでやめていいの?」涼矢が和樹の前立腺を押す。 「んっ。」和樹がのけぞった。 「今のとこね、覚えてて。」涼矢は指を抜くが、その代わりにバイブを入れる……のではなかった。「はい、これで、自分で。」バイブを和樹に握らせた。 「ざけんな。」弱々しく言い返しながらも、和樹はそれをゆっくりと自分の中に入れていった。「あ……あっ、ちょ、見んな、馬鹿。」 「見るよ、そのためだもん。……スイッチ、入れないの?」 「これでスイッチなんか入れたらおまえ」言いかけた和樹は、次の瞬間「ああっ。」と大きく喘いだ。涼矢が勝手にスイッチを入れたのだ。「馬鹿、てめっ。」 「続けて。」涼矢は一歩引いた位置にずれて胡坐をかき、完全に「鑑賞」の体勢だ。 「見んなってば……あ、あ、くっ……。」和樹が身悶える。ともすれば両足を閉じようとするので、その時だけ涼矢は前に出て、その足を開かせる。 「気持ちよさそ。」  和樹はもう返事をしない。ただ、荒く息を吐き、時折確かめるように涼矢を見る。涼矢はさぞかしニヤニヤと発情した顔をしているだろうと思いきや、世にも愛しいものを眺めているような優しい笑顔で、和樹は余計にいたたまれなかった。 「りょう。」やっとのことでその名を呼ぶ。「キスぐらい、してよ。」  涼矢は和樹に近づき、抱きかかえるようにして口づけた。もちろん、バイブは動いたままだ。抱えた身体伝いに、振動が伝わってくる。 「涼、ねえ、やだ、これでイクの、やだ……。」  もうすぐ限界だということがありありと分かる、熱に浮かされた表情の和樹だった。涼矢は何も言わずに和樹の手をバイブから外して、自分がそれを和樹から引き抜いた。そのせいで内壁を擦られた和樹がまた大きく喘ぐ。 「俺もやだ。」涼矢はそう一言呟くと、和樹の中に入っていった。「ごめ、ゴム、間に合わない。」 「いいよ、そのまま、もっと……。」 「あ、すげ、締まる。」バイブで拡げられたかと思っていたそこは、逆にいつもよりもきつく感じられた。 「あっ、いいっ、涼、気持ちい、そこ、あっ、ああっ。」 「も、出そ。出る。」 「俺も、イッ……。」  最後はほぼ同時のフィニッシュだった。 「好きだよ。和樹。大好き。」繋がったまま、涼矢が言う。 「ん。俺も好き。」 「……結局、こうなっちゃったか。」涼矢がずるり、とペニスを抜いた。 「ったりまえだろ。」和樹は怠そうに言った。涼矢がそんな和樹の股間や尻を丁寧に後始末する。「も、いいよ。適当で。」 「適当って、そんな。」 「おまえもうすぐ帰るんだろ。最後が俺のケツ拭いた思い出じゃアレだろ。」 「最高だけど。」 「馬鹿か。」和樹は笑いながら、のっそりと上半身を起こした。「でも、マジで。自分の支度して帰れ。俺、このまま寝る。見送らねえから。」 「このまま? べたべただよ?」 「いいんだよ。余韻に浸ってんだよ。」 「余韻ねえ。」涼矢も笑う。「……ちょっとだけ流してくる。それで。」帰る、とまでは言わなかった。 「ああ。」和樹は布団をかぶり、涼矢に背を向けた。  別れを惜しみたくない気分だった。すぐにまた会えるんだから、いちいちそんな未練たらしいことをする必要はないんだと自分に言い聞かせた。  涼矢もまた、別れの挨拶ぐらいちゃんとしようとは言わなかった。次はいつ。そんな約束しなくたって、すぐに会う。必ず会う。今回だって急遽決めて会いに来た。来ようと思えばいつだって。 ――同じところにいられたら、そんなことさえも思わなくても済むんだけれど。  涼矢は和樹の部屋をぐるりと見回した。狭い部屋だが、これぐらいの部屋が二つあれば充分だ。キッチンと風呂だけはもう少し広めがいい。でも、他はそんなに贅沢なことは言わない。そんな部屋があるとしたら、東京での相場はいくらぐらいなんだろう。  無意識にそんなことを考え出す自分に、涼矢は少々驚いた。――あんなに頑なに、すぐの同棲はしないと言い張っていたのに。あの意地はどこから来ていたのか、不思議なくらいの気持ちになっている。  ボストンバッグは来た時よりも随分と軽い。来る時にバッグのほとんどを占めていた総菜パックを和樹の冷凍庫にしまった今、一泊分の服程度しか入っていないのだから当然だ。  涼矢がシャワーを軽く浴び、出てきた時も、和樹は布団にくるまっているままだった。涼矢は出て来いとは言わずに、自分から和樹の前に立ち、布団の端をめくって、和樹の顔を露出させた。 「じゃあ、行くよ。」 「ああ。気をつけてな。」 「うん。ありがと。和樹もね。」  涼矢は和樹の頬にそっとキスをする。それだけの挨拶をして、和樹の部屋を後にした。

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