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第857話 すべて世は(1)

 和樹の大学の学園祭はその翌週に行われた。去年は去年でミスターコンテストに出場させられたせいで朝から忙しかったが、今年は本来のサークル業務で忙しい思いをした。総合案内と銘打ったブースの担当を任されて、来場者への構内ガイドはもちろん、落とし物や迷子の受付から、搬入業者の車両の誘導、急病人の対応のほかあらゆるトラブルの処理で目の回る忙しさだった。 「トラブルって、喧嘩とか?」と、和樹は事前に彩乃に尋ねていた。 「それもあるし、アルコール禁止なのに持ち込んで騒いだり、あと盗撮や痴漢もあるのよ。ほかにはそうねえ、寄付金詐欺とか。」 「詐欺?」 「関係ない人たちが勝手に入り込んで、学内のボランティアサークルを装って、災害支援だのなんだの嘘ついてお金を集めるの。」 「ひっでえ。」 「私たちがするのは、そういう人を見つけたら大学側の担当者に連絡するところまで。くれぐれも勝手なことしないでね。巻き込まれて怪我でもされたら逆に困るんだから。」彩乃は和樹を意味深な目で見る。 「はいはい、分かってますよ。騒ぎを起こすって意味では、俺には前科があるからね。」 「本当よ。」彩乃は苦笑した。 「今年のミスターコンはどんな感じなの。」 「それが、これという目玉がいないのよね。前に話したでしょ、優勝候補の留学生。あの子、あの後すぐにサークル辞めちゃって。やっぱり何が何でも都倉くんに出てもらえば良かったなあ。」  留学生。和樹はその話題をあまり覚えていなかったが、中国系だか韓国系だかのイケメンが入部した、ということだけはうっすら思い出した。 「ミヤちゃんがいなかったら、俺なんか注目されないよ。」 「またまた、謙遜しちゃって。」 「ほんとに。つまんない奴だからさ、俺。」 「嫌味に聞こえるぞ。」背後から声をかけてきたのは渡辺だ。今日は和樹と一緒に総合案内を受け持っている。 「あ、渡辺くん。さっきの迷子、大丈夫だった?」 「ああ、すぐにお母さん来てくれたから。」 「良かった。じゃあ、私、ステージのほう行くね。」 「分かった、頑張って。」渡辺が手を振るのに便乗して和樹も手を振った。 「舞子にお任せよ。」笑いながら彩乃は去っていった。これから二時間後に始まるミスターコンテストのステージ準備の最終チェックに入るはずだ。今年の司会進行はアナウンサー志望の舞子がやるらしい。  コンテストについては今年は観客として見てみたい気持ちもあったが、ひっきりなしに人が来てそれどころではないままに時間が過ぎ、結局見ることができないまま、そろそろ撤収しなければならない頃合いになってしまった。学園祭はまだ明日もあるからテントはそのままだが、パンフレットなどは一度すべて箱に戻し、倉庫代わりの教室に運ばねばならない。 「今年は来ないの? 彼。」段ボール箱にパンフレットを詰めながら渡辺が言う。 「去年も来てないよ。」 「あれっ、そうだっけ。」 「来ても俺は相手してられないし。」 「それもそうか。」 「先週、来たばかりだし。」 「そうなんだ? ん? 先週は設営の準備とかで土日返上でめちゃくちゃ忙しくして……あ、そういやおまえ、いなかった気がする。」 「気がする、程度だろ?」和樹はニヤリとする。「俺の存在感なんてそんなもんよ。」 「ずるいなあ。」 「そっちこそ、就活だのなんだので来てなかったじゃないかよ。」 「それとデートは違うだろ。それに一番忙しい時にサボるってのはさ。」  そんな話をしながら箱詰めをしているところに、すみません、と声をかけられた。顔を上げると見覚えのある女の子がいる。ミヤちゃんのサークルの琴音だった。 「パンフ?」和樹は手にしていたパンフレットを琴音に差し出した。 「いえっ、違うんです。あの、これ、差し入れって言うか。」逆に琴音のほうから何やら袋を差し出された。 「差し入れ?」 「クッキーです。サークルのみんなにも配って、少し余ったので良かったら。」 「ありがと。みんなで食べるよ。」  和樹の口から出た、みんな、という言葉に琴音がピクリと反応する。目敏くそれに気づいたのは渡辺のほうだった。 「手作り?」 「えっ? あっ、はい。全然、普通の、どうってことないクッキーですけど。」琴音は渡辺に顔を向けつつも、視線は和樹に向けていた。 「それって、都倉に、でしょ?」渡辺は言う。 「いえ、あの、そういうわけじゃないです、でも、みなさんで食べるほどたくさんはない、かも……。」 「大丈夫大丈夫、都倉に食べさせるよ。」 「いえ、その。」  和樹は袋を開いて中を覗き込んだ。「美味しそう。お菓子作るの、好きなの?」 「はい。簡単なのだけですけど。」 「作れるだけでもすごいよ。」和樹は袋に手を突っ込み、一つ口に入れる。「うま。これなんだろ、紅茶、入ってる?」 「はい、紅茶のと、プレーンがあります。」 「へえ。」それから和樹はもう一つ取り出し、今度は渡辺に差し出した。「美味いよ。」  渡辺はチラリと琴音を見た。琴音が両手で「どうぞどうぞ」というジェスチャーをしてみせたので、恐縮したようにへこへこと軽いお辞儀をしながら差し出されたクッキーを受け取り、口に入れた。「あ、本当だ。美味しいね。」

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