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第36話 GINGER ALE(13)

 後処理をしながら、涼矢が「あ。」と呟いた。 「何?」 「プラグ挿れるの、しそびれた。」  寝転がっていた和樹は、その姿勢のまま、ベッドの端に腰掛けている涼矢の背中を蹴った。「ばーか。」 「今日はもうあきらめる、けど、ここにいるうちに、必ず、一度は。」 「何を決意してんだよ。」 「もう一回り大きいサイズの、要る? あのサイズじゃ物足りないだろ?」  和樹はまた背中を蹴った。「ばーかばーか。」 「ってーな。……ばーかばーか、って、小学生じゃないんだから。」 「おまえこそくだらないこと言ってんじゃねえよ。」 「くだらなくないよ、大事なことだよ。現に和樹がちゃんと言うこと聞いて準備してくれてたから、久しぶりでもスムーズだったわけでしょ?」 「あんなんしなくても、やってりゃそのうち良くなってたさ。」 「どうだかね。」涼矢は和樹の隣に寝そべった。「と言うよりも、俺が不安なんだ。」 「は?」 「あんなものに頼ってでも、俺につなぎとめておきたい。何もしなかったら、おまえ、ほかの誰かで欲求不満解消しそうだもの。」涼矢は和樹の手を握った。和樹は嫌がる風もない。 「そんなことしねえよ。」そして、和樹は何か思い出したように、フッと笑った。 「何がおもしろい?」 「あんなもの送り付けてきて、俺がドン引いて、逆におまえから気持ちが離れる可能性ってのは、考えなかったわけ? 普通は、そっちのほうが不安じゃない? 俺、元カノとつきあってた時にバイブをプレゼントしようとか思ったことねえよ。全力で嫌われるだろ、そんなの。」 「あー…。そう言われれば……。」 「あ、考えなかったんだ。」 「うん。」 「それはそれですげえな。」 「だって和樹、エロいし。セックス好きだし。」 「おい、人を淫乱みたく言うな。」 「……。」 「黙るな。」 「淫乱かどうかなんて、比較対象がないから、わかんないよ。でも、俺と比較したら、おまえのほうが性欲は強そうだと思う。いや、俺ももちろん嫌いじゃない、つか、好きだけど。」 「そうかぁ? 俺は絶対おまえのほうがスケベだと思うね。変な妄想ばかりしてさ。」  涼矢は和樹のほうに顔を向けた。「俺のほうがスケベだったらだめ? 変な妄想ばかりしてるの、嫌?」 「……そんなことは、ないけど。」  涼矢は和樹の耳たぶを甘噛みした。「俺の妄想の中の和樹は、相当な淫乱だよ。やっぱりそれって、現実とは違うのかな?」 「だから…そういう…ことをだな……。」涼矢は、その後も耳や首筋を舐めている。それにいちいち反応してしまう和樹だった。 「リアルな和樹は、こんなことぐらいで興奮したりしないよね? じゃあ、この和樹は妄想なのかな?」涼矢は握っていた和樹の手ごと、和樹の股間に触れる。「さっき出したばかりなのに、耳舐められたぐらいで、こんな風に勃たせてるのは、誰なのかな?」 「うっせ……。」 「自分でも触ってよ。分かるだろ?」涼矢は和樹の手と自分の手を重ねて、股間を握らせた。「これ、俺の妄想?」 「妄想だろ。」和樹は強がってそう言い捨てたが、紅潮した頬と荒い息が和樹のなけなしのプライドを打ち砕く。 「妄想だったら、俺の好きにしていいよね。」股間を握る手に力が入った。 「いてえよ、馬鹿。」 「妄想なんだからいいだろ。」 「何する気だよ。」  股間の手の力がすっと抜けた。それどころか、股間の手は外され、断続的に続けられていた耳や首へのキスも止んだ。「冗談だよ。もう、何もしない。」 「くっそ。」和樹は恨みがましい目で涼矢を睨んだかと思うと、噛みつくようにキスをした。 「そんなにしたいの?」涼矢が笑う。「いいよ。」涼矢からは、思いのほか優しいキスが返ってきた。 「……しねえよ。」 「いいのに。勃ってるし。」 「こんなのそのうち落ち着く。」和樹は涼矢に抱きついた。「ただ、こうしてて。んで、そのまま寝たい。」  涼矢は和樹の髪を撫でた。「ん。わかった。おやすみ。」額にキスをする。  ああ、明日は生姜を砂糖で煮なくちゃ。そんなことをぼんやり考えながら、涼矢もいつの間にか、眠りに就いた。  朝は涼矢が先に起きた。シャワーを浴び、昨夜は結局しそびれたまま寝てしまった、歯磨きをした。ヘアブラシは忘れたものの、洗面道具は持ってきていた。持参した歯ブラシを、勝手に和樹の歯ブラシの隣に立てていいものかと軽く迷った末に、立ててみた。ドラマなんかでは同棲カップルの象徴として、ピンクとブルーの歯ブラシが並んでいたりする。だが、和樹のも涼矢のもブルーだ。メーカーが違うからネックの形なども違い、取り違える心配はないだろうが、涼矢は少しだけ複雑な思いで2本のブルーを見つめた。  昨日の買い出しの時に朝食用の食パンは買ってあった。それを電子レンジ兼用オーブントースターで焼いている間に、元からあった玉子で目玉焼きを作る。ハムかベーコンも買ってくれば良かった、と後悔する。それとレタスをちぎっただけのサラダ、にするつもりだったが、ツナ缶を1個発見したので、それを半分ずつレタスの上に載せてツナサラダにした。涼矢が作って持ってきた品の中から、ピクルスを出すと同時に、パンが焼き上がる。焼き上がりを知らせる電子音が聞こえたのか、和樹も起きてきた。 「良い匂い。」和樹の寝起きの第一声はそれだった。 「おはよう。」 「はよ。」和樹は大きなあくびをした。「朝から暑いな。」和樹はエアコンのスイッチを入れた。「あ、レンジ使う?」 「ううん、もう終わった。」 「エアコンとレンジを同時に使うと、もう他の電化製品が使えないんだよね。ドライヤーとか、電気ポットの湯沸し機能とか。ブレーカー落ちちゃう。」そう言いながら、和樹はのそのそと部屋着を着た。結局涼矢のいる間は裸族を封印する気のようだ。

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