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第37話 GINGER ALE(14)

「コーヒー淹れようと思ってたんだけど、電気ポット使えない?」 「レンジと同時じゃなきゃ平気。」 「朝飯、作っちゃったよ。食える?」 「うん。」和樹は少量のお湯がものの2分で沸くという触れこみの電気ポットに、水道水を勢いよく入れて、湯沸しスイッチをオンにした。「あれ、涼矢、なんかこざっぱりしてんな。」 「シャワー借りました。」  和樹は洗面所の鏡で自分の顔を見る。「ひでえ顔。」昨夜は涙も涎も垂れ流し状態だったことを思い出した。 「シャワーする?」 「せっかく作ってくれたのに冷めるだろ。先に食う。」そう言って顔だけを洗い、うがいをした。コップを取る時に気づいたらしく、「あ、この歯ブラシ、涼矢の?」と言った。 「俺以外の心当たりでもあんのか。」 「ねえよ。」和樹は歯ブラシスタンドをしばらく見つめた。「なんか同棲カップルっぽいな。」 「俺もそれ、ちょっと思った。」  和樹は涼矢のすぐ正面に立ち、抱きついて、キスをした。その時、カチリ、と音がした。お湯が沸騰して、保温モードに切り替わったようだ。海外ブランドのその電気ポットは、いちいち電子音でお知らせなどしない。 「もっと道具を持ち込もうと思ったんだけどさ、結局これのほうが、和樹も使いやすいかと思って。」涼矢は個包装のドリップパックのコーヒーを持ってきていた。お揃いのマグにひとつずつセットして、お湯を注ぐ。  和樹はちょこんとテーブルの前に座り、涼矢とコーヒーの到着を待った。 「和樹は、目玉焼きに何かける派?」 「近くにあるもの。」 「何、それ。」 「しょうゆが一番近かったらしょうゆだし、ソースならソースだし。1回ケチャップかけたことあるけど、それはいまいちだったな。涼矢は? なんかまた、しちめんどくせえこと言いそうだけど。」 「ああ、でも、それについては、割と和樹に近いかもしんない。結構その日の気分とか、他に並んでいる料理とのバランスとかで、変える。スイートチリソースとか、意外と美味い。」 「なんだよ、それ。」  涼矢はコーヒーをテーブルに置いた。しょうゆとソースについては、両方とも持ってきた。「生春巻きとかにつける、甘辛いの、あるだろ。」 「ああ、タイ料理。俺あんまりああいうの好きじゃないな。タイカレーは好きだけど。パクチーだっけ、あれがね。」 「それがね、パクチーってある日突然ハマるんだよ。そして、一度ハマると、なくてはならないものになる。」 「辛いのダメなのに、タイ料理もイケるんだ。」 「そんなに辛くない料理だってあるよ。」 「へえ。」和樹はしょうゆを選んだ。涼矢もしょうゆにした。  そうして、2人で朝食を食べた。天気が良く、遮光カーテンを開けた室内は明るくて、眩しいほどだ。 「毎朝こんなだったらいいのにな。」と和樹が呟いた。 「普段は、朝飯、ちゃんと食ってんの?」 「メシの話じゃないよ。いや、朝からこういうメシがあるってのもありがたいけど、今のはそうじゃなくて。」和樹はそこで口ごもる。 「俺がいるってこと?」 「……だよ。」 「顔、赤くなってるよ。」 「おまえもだよ。」 「うん、だって超照れくさい。」涼矢は和樹の頬に触れる。「こんなに可愛いのに、ざりざりしてる。」 「俺は毎日剃らないとこうなるの。って、今の話の流れでヒゲ? ヒゲの話?」  2人は吹き出した。  食べ終えると、和樹が後片付けを始めた。自然とそんな役割分担ができてきたようだ。洗い物をしながら、涼矢に問いかけた。 「なあ、どこか行きたいところとか、ある?」 「和樹は、この2週間の中で、用事が入ってる日はないの?」 「ええとね、来週の頭に、バイトの説明会。2時間ぐらいだって聞いてる。予定ったら、それぐらいかな。」 「バイトするの? 今度は何?」 「塾講。」 「うそ、マジで。」 「スイミングスクールの近くにある塾でさ、講師募集の貼り紙があったから応募したら即採用。仕事は9月からなんだけど、その前にシステムの説明とか、テキストの使い方とかのレクチャーうけなくちゃならなくて。」 「できるのかよ。受験指導とか。」 「個人経営の小さい塾で、生徒は近所の小中学生で、受験てより補習メインの塾。そのへんゆるいみたいで、俺なんかピアスしたまま面接したのに、即OK出すようなところだから、大丈夫じゃない?」 「ふうん。じゃあ、その日にしようかな。」 「何が?」 「行きたいのは、美術館なんだけど、和樹、興味ないだろ? だから、おまえがいない時に一人で行こうかと思ってて。それ以外は、特に行きたいところもないし。」 「えー、一緒に行こうよ、美術館。どこの美術館?」 「まず上野の西洋美術館と東京都美術館だろ、それから六本木と渋谷でも行きたい展覧会やってて。」 「それ、一日じゃ足りないだろ。」 「だよね。でも、絶対行きたいのは上野だけだから。」 「うん、じゃあ、上野行こう。今日。」 「だって、絵に興味ないのに。」 「行けばそれなりに美術鑑賞するって。上野はまだ行ってないから、俺も行きたいしさ。そうだ、浅草も近いよな。上野で絵を見て、その後浅草行こうよ。スカイツリーも近くに見えるんじゃないかな。」 「おのぼりさんツアーだな。」 「おのぼりさんだもん。」

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