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第42話 GINGER ALE(19)
「そんなに、仲、良いんだ。」和樹は嫉妬がバレるのを承知で、そんな言葉を口にした。哲と涼、と呼び合う2人。俺とは一度も一緒に行ったことのない回転寿司まで一緒に行ってる。何より、俺が一緒に歩むことのできない、司法の道を志す仲間。
「会ってみる?」
「えっ?」
「哲、和樹とは反対で、東京に実家があるのに、うちの大学に入ったんだ。今はおじいさんだか、おじさんだかの家に間借りして住んでるんだって。帰省するとは言ってたから、今、東京にいるかも。東京のどこなのか知らないけど、連絡はつけられるよ。」
「そうなんだ……。」和樹は迷った。基本的に和樹は誰とでもうまくやれるほうだし、どんな奴なのか知りたい気持ちはあった。でも、それこそ「2人の間に立ち入られる」ような気もする。せっかく2人で過ごせる2週間のうちの1日を、その男のために使うなんて悔しくもあった。「ちょっと、考えさせて。」
「まあ、でも、会ってそんなに楽しい奴ではないかも。」
「無愛想だとか?」
「いや、逆だな。図々しいぐらいにフレンドリー。……宮野みたいなのじゃなくて、そうだな、アメリカのドラマに出てくるノリのいい高校生みたいな。初対面の人ともハーイ元気?ってハイタッチしそうな。」宮野というのは、2人の高校時代の同級生で、図々しく、デリカシーに欠けた、彼女を作ることばかり考えている男だった。
「涼矢って、割と、図々しい奴とつるんでるよな。宮野にしろ、柳瀬にしろ。」
「楽なんだよ。あいつら、自己中だから、こっちも自己中でいられて。こんなこと言ったら傷つくかな?とか考えなくていいし。」
その言葉に、俺に対してはそれなりに考えてくれてるんだろうな、と和樹は感じた。その分、楽じゃなくても。俺だってそうだ。俺だって、単なる友達なら、呼び方なんてここまで気にしない。涼矢だから、気になる。
天丼を食べ終えて、和樹たちは外へ出た。店内ではそこまで冷房が効いているようには思わなかったが、一歩外に出てみると灼熱の世界だった。
「天丼食べて生き返ったぁって思ったのに、また死ぬわ、この暑さ。」と和樹が言った。
「人も多いし。」
「でも、食べ歩く。」
「賛成。」
2人は雷門で写真を撮った後、賑やかにごった返す仲見世通りへと分け入った。
きびだんごに始まり、揚げまんじゅう、アイス最中と進み、しょっぱいものを求めてメンチを食べ、再び甘い人形焼きに行き、また揚げおかきで塩気を補充し、暑さゆえにジェラートを食べた。ドラ焼きの有名店にも心惹かれたが、あまりの行列にそれは断念する。食べ歩く、とは言ったものの、文字通りの「食べながら歩く」という行為は禁止されている旨の看板があり、食べる時には店頭で立ち止まって食べることになるので、それなりに時間をかけての仲見世散策となった。
お腹も満たされたところで、浅草寺にたどりついた。食べ歩きが目的で、参拝はしてもしなくても良かったのだが、せっかくここまで来たのだからと2人でお参りをした。
「何お願いした?」と和樹。
「人に言うと叶わないんじゃなかったっけ。」
「そうなの?」
「たぶん。」
「じゃあ、俺も言わない。……同じ願い事だったらいい、な。」
「同じだと思うよ。」涼矢が微笑んだ。
2人は再び仲見世通りを通って、駅に向かった。和樹が涼矢の手を握った。涼矢が驚いて和樹を見る。
高校を卒業した数日後に、同級生たちと遊園地に行った。そこで初めてエミリを含む友人たちの前で、2人の交際を公言した。帰る時に、誰かにはやしたてられて、2人で手をつないだ。人前で手をつなぐのは、それ以来のことだった。
「誰も気にしやしないよ。こんな人混みだし。」と和樹が言った。
涼矢は、人混みが苦手だった。どんなにたくさんの人に囲まれても、常に自分は異分子で、居場所がない思いをしていた。誰の目にも止まらないような気もしたし、同時にあらゆる人に見られている気もしていた。他人の目は、常に息苦しいものだった。けれど、今はその人混みに感謝した。誰もいないところでしかできないと思っていたことが、逆に人混みに紛れてしまえばできることを知った。和樹から差しのべられた手が、息苦しい世界から救い出してくれる気がした。
「……早く帰りたい。」と涼矢が呟いた。賑やかな中にあっても、その声を和樹は聞き分けることができた。
「俺も。」
帰りの電車に乗るために改札を抜ける、その時には手が離れた。そして再びつなぐことはしなかった。けれど、肩や肘や、体のどこかが常に触れあうようにして、2人は並んで歩いた。
「これからハンバーグ、作れる? 疲れた?」
「作れるよ。おまえ、本当にハンバーグ好きなんだな。」
「うん。」
「これも多めに作っておこうか? 冷凍しておけば……。」
「いや、いい。」
「なんで?」
「ひとりで食べるハンバーグはハンバーグにあらず。」
「何、それ。」
「格言ぽく言ってみた。」
「意味わかんね。」
「おまえと一緒に食いたいっつってんだよ。」
「はは。」涼矢は嬉しそうに笑った。
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