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第43話 GINGER ALE(20)

 2人は西荻窪の駅まで戻ってきた。涼矢も少しだけ見慣れてきた駅前の風景。時間的には夕方だが、夏の夕方はまだまだ明るく、そして相変わらず暑い。 「買い物していく?」 「いや、昨日買ったもので作れる。」 「昨日の分の食費、払うよ。涼矢に立て替えてもらってるだろ。」 「いいよ、それは。あ、そうだ、砂糖が見当たらなかったんだけど。」 「買った覚えないな。俺、コーヒーもブラックだし、砂糖使う時がない。」 「料理には使うんだよ……。てっきりあると思いこんでて、昨日買わなかったんだよな。ジンジャーシロップ作るのに大量に必要なんだよ。生姜とスパイスは買ったけど。」 「じゃあ、砂糖だけ買っていくか。」 「あと、ジンジャーエールにするなら炭酸水も要る。大きいの買ってもすぐ気が抜けちゃうから、小さいのを何本か買ったほうがいいかも。」 「オッケー。」  2人でスーパーでそれらを買った。今回は揉めることなく、支払いは和樹だ。  部屋に戻ると、室内は蒸し風呂のようになっていた。和樹はすぐさまエアコンを入れた。 「窓、開けるけど。」涼矢は座る間もなく、洗濯物を取り込もうとしている。 「いい、いい。風があるだけでも。」和樹はちゃっかりエアコンの風が当たる位置に座る。それを不満にも思わない様子で、涼矢が次々洗濯物を取り込み、室内に投げ入れた。最後のシーツはわざとらしく和樹にかぶせるように。ハロウィンのお化けの仮装でもしているかのようになった和樹は、シーツの中で「あっつっ!」と叫んだ。「もう、布自体が熱い。」と言いながら、シーツをはぎとる。 涼矢は掃き出し窓を閉め、ついでにカーテンも閉めた。「暗くなっちゃうけど、少しは早く涼しくなりそうだから。」と言い、早速シーツをベッドに広げた。 「おお、さすが手早い。」 「せめて週1ぐらいは洗ったほうがいいと思う。」 「月1ぐらいでがんばってみるよ。」 「あ。」 「どうした。」 「ゴム、落とした。」シーツをマットレスに巻きこむ際に、壁との隙間に挟み込むように置いてあったコンドームがベッド下まで落ちたらしい。 「ベッドごと動かすしかないな。」2人でせーの、とベッドをずらし、和樹が手を伸ばして拾った。 「置き場所変えろよ。」 「今までこんなことなかった。」 「シーツ交換してなかったからだろ。」 「まあ、考えてみたら涼矢が来る時しか使わないんだし、来た時は出しっぱなしだっていいんだよな。」 「そうだよ、そもそも、なんでここにしまった。」 「んー……癖?」 「外出の時にも、持ち歩いてる?」 「財布に1個と、ズボンのポケットに1個。」和樹は、実際にジーンズのポケットからひとつ取り出して見せた。 「それ、俺と一緒の時に使ったことある?」 「ねえな。カバンに箱ごと入れっぱなしの奴、使ってたからな。」 「……いつからの癖なんだかね。」 「3、4年前かな。」  涼矢は、再びエアコンの吹き出し口の前に陣取って座っている和樹の胸倉をつかんだ。「しれっと言うなよ、嫉妬するぞ。」 「俺はもう散々した。」  涼矢はつかんだ胸倉をそのままに、体をかがませて、和樹に顔を近づけ、口づけた。「洗濯物、たためよ。」 「それ、今言うセリフじゃねえだろ。」和樹は笑って、涼矢の手を外すと、改めてその手首をつかみ、涼矢を自分に引き寄せた。2人は唇を重ね合い、そのまま涼矢は腰を落として、和樹の前に膝をついた。2人は繰り返し、キスをした。軽く触れ合うだけだったキスだったのが、次第に濃厚なものになる。涼矢に押されるように、和樹はずるずると体を滑らせ、やがてフローリングの床に横たわった。手指を絡ませ、またキスをした。 「プラネタリウムの時……。」和樹の上で、涼矢が呟く。 「え?」 「最初の時、プラネタリウムで、おまえが、手を握ってきた。」初めてのデート。それは、最初で最後の思い出作り、涼矢の気持ちに「けり」をつけさせるための形式的なものに過ぎなかったはずだった。映画を見て、食事をして、それだけでいいと涼矢は言い、和樹もその程度の心づもりだった。それでも、あの時、手を握りたいと思った。握り返してくれた時に、嬉しい、と思った。今思えば、あの瞬間に、和樹の涼矢への思いは大きく変化したのかもしれない。 「ああ。」 「嬉しいより、怖くて。」 「……。」 「握り返していいのか、そのままにしていればいいのか。どうしていいのかわからなくて、もういっそ、振り払おうかと思ったり。」 「でも、握り返してきたよな。」 「うん。……もう、二度と、そんなことできないと思ったからね、あの時は。おまえには悪いと思ったけど、最後だから許してほしいって念じてた。」 「俺は嬉しかったよ。おまえがちゃんと応えてくれて。」 「良かった。」涼矢は和樹にキスをした。「俺は、間違えなかったんだな?」 「大正解だろ。」和樹は涼矢の背中に手を回して、抱きしめた。「ところで。」 「ん?」 「フローリングなもので、背中が痛いんだけど。」 「ああ、ごめん。」涼矢が和樹の上から離れた。「この後の選択肢としては、ベッドに移動して続きをする、それは後回しにしてハンバーグを作り始める、またはコーヒーでも飲んで一服する、の3つほどあるけれど。」 「3つ目。」 「へえ、意外。」 「ハンバーグだと思ったか?」 「ベッド一択だとばかり。」 「そんなことばっかり考えてねえよ。」 「そうか?」 「嘘、考えてる。そんなことばっかり、朝も晩も、ずーっと考えてるよ。」和樹は床からベッドに座りなおした。電気ポットに水を入れて戻ってきた涼矢がその隣に座ると、即座に腕を絡ませて、涼矢をベッドに押し倒した。さっきとは逆に和樹が上になる形だ。「おまえは?」 「俺は真面目に勉強してばかりで、そんなことは滅多に考えないなあ。」 「嘘つき。」和樹は涼矢の首筋にキスをした。涼矢がゴクリと唾を飲み込み、喉仏が上下した。

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