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第860話 すべて世は(4)
「へえ。」渡辺はうんうんと頷いてはいるが、どこまで理解しているのだろう、と和樹は思う。が、その次に出てきた言葉に、逆に自分のほうが恥じ入る羽目になった。「でも、それって今考えることじゃなくて、サークル作る段階で決めておくことなんじゃないの? サークルの方針としてさ。」
一見ちゃらんぽらんに見えても、渡辺は鈴木と共に、自分たちの学年のリーダー格として活動してきたのだ。そのことを思い出させる渡辺の言葉に、指示されたことをこなすだけの自分とは違う、と和樹は思う。
「そうなんです……。」琴音はしょんぼりとうなだれた。「お二人なら分かると思うんですけど、宮脇先輩は当事者もそうでない人も一緒に学んで、世間にアピールして、理解者を増やそうって思いで、このサークルを作ったはずなんです。新歓の時にもそうおっしゃってましたし。」
「蓋を開けたら違った?」と和樹が言うと、琴音はコクリと頷いた。
「出会いって意味では、親睦を深めようと、お花見したり、カラオケ行ったり、バーベキューしたり、サークル内でもいろいろやってるんです。でも、そういう時、私は仲間に入れなくなっちゃうことがあって。」
「どうして?」
「レズビアンでもバイでもないから。」
和樹は渡辺と顔を見合わせる。
「私は確かにストレートで、普通に男性を好きになりますけど、でも、だからって同性愛者に偏見はありません。なのに、距離を置かれちゃうんです。あなたはそっち側の人でしょ、セクマイじゃないでしょって。私だけ会話に入れない雰囲気になるんです。面と向かって言われたこともあります、私と話したいことはないって。かといって男子のほうに行っても、女は邪魔って顔されてる気がして。」
「そんなことあるんだ。なんか、逆なんだな。」渡辺が不思議そうに言った。
「逆?」と和樹が聞き返す。
「マイノリティのためにそういうサークル作ったわけだろ? でも、その中に入ると、琴音ちゃんがマイノリティ側になる。」
「そう、そうなんです。」我が意を得たりとばかりに琴音が渡辺を見た。「それで宮脇先輩に相談したんですけど、しばらくは様子見てようって言われるだけで。当事者としてここに来てくれた子たちは、今までずっとひとりぼっちで、やっと仲間を見つけたところなんだから少し待っててあげてって。……でも、それっておかしくないですか? 私だって仲間だし、そういう人たちのためにこそ、もっと仲間を増やそうって頑張ってるのに。」
それには何も答えられない渡辺に代わり、和樹が口を開く。「それは、仲間ではないんじゃないかな。」
「え?」
「そういう人、とか、自分は普通に異性が好き、とか、線を引いてるのは琴音ちゃんのほうなんじゃない?」
なるべくきつい言い方にならないように言ったつもりの和樹だが、琴音のほうは「それは違います。」と、強い口調で否定した。
「今は、うちのサークルの状況を知らない都倉先輩と渡辺先輩の前だから、分かりやすくするためにそういう言い方しただけです。普通とか常識とか、そういう言葉にいっぱい傷ついてきた人たちだってことは、私だって知ってますから。でも、都倉先輩たちはそうじゃないじゃないですか。私と同じマジョリティ側の人でしょう。だから、私の言いたいこと、分かってくれると思って、言ってるんです。宮脇先輩はバイだし、ジェンダーレスだし、そういうところの感覚がやっぱり少し違ってて、だから私、うまく伝えられなくて。お二人ならどう伝えるかなって思って、今日、お話したかったんです。明日学園祭最終日でしょう、うちのサークルも打ち上げがあるんです。その時にまた仲間外れにされるの嫌だし……。」
話しているうちにヒートアップしたのか、琴音は一気にそんな愚痴めいたことを吐き出した。
「あ、いや、でもそれはさ、ミヤちゃんにはミヤちゃんの考えってもんがあるんだと思うよ。今言ったようなことをきちんと言ったら、きっと分かってくれるよ。ミヤちゃん、ああ見えて優しいもん。」
「見た目通りに優しいですよ。でも、つかみどころがないというか。」
「ああ、それはあるよねえ。」渡辺はへらへらと半笑いで言う。ふざけているのではなく、なんとかして場を和ませようとしているのは和樹にも察せられた。だが、それにうまく合わせることはできなかった。
「ねえ、琴音ちゃん。」和樹が切り出す。
「はい。」
「どうして俺は琴音ちゃんの側の人だと思うの?」
「え、あ、都倉?」
焦る渡辺を尻目に、和樹は畳みかける。「俺がゲイでもバイでもないって、どうして決めつけてるの?」
「え……だって。」琴音が言い淀む。「違うんですか?」
「違うかどうかじゃなくて、君がそれを断定するのがおかしくないのかな、って話。」
「都倉、ちょ、そのセリフで真顔怖いよ? 俺泣いちゃうよ?」茶化す渡辺。
「ごめん、渡辺。ちょい、黙ってて。……フォローしてくれてんのに、悪いけど。」
「悪くはない、悪くはないぞ、都倉氏。分かった、黙る。お口にチャック。」渡辺は大げさに口を閉める身振りをするが、誰も笑わなかった。
「俺さ、彼氏いんの。」
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