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第45話 GINGER ALE(22)

 涼矢のほうは一切見ない。伏し目がちに、無言でその行為を続けた。涼矢はその声が聞きたいと言っていたのだから、もっと声を出せと求められるかもしれない。そうは思っても、はいそうですかとはやれない。売り言葉に買い言葉で、やると言い放ってはみたものの、羞恥心を完全に抑え込めるはずもなかった。今の和樹にできることは、涼矢の存在をできる限り意識しないように、いつも以上に集中することだけだった。 「んっ……あ……。」いつもよりは時間はかかったが、少しずつ昂まってはいた。小さな喘ぎが、強く結んだ口が綻ぶたびに漏れてしまう。  涼矢は相変わらず黙ったままだ。もっと声を上げろとも言わなかった。けれど、こちらを見ている気配は感じる。 ――見られている。  それが嫌だった。こんな、最もプライベートな行為を涼矢に晒したくなかった。それでも音声データよりも今ここでやるほうを選んだのは、何度でも再生できてしまうデータを残されるよりも、一度きり恥をかくことのほうがまだマシに思えたからだ。大きなマイナスと、それよりは幾分かプラス寄りのマイナスの比較でしかない。そう、こんなことしたくなかった。嫌でたまらない行為だった。そのはずだった。  だが、手の中の自分のものが硬くなっていくにつれて、"嫌でたまらない"はずのこの行為が、それだけでは済まされないものへと変わっていった。 ――見られている。  今、涼矢はどんな表情で、どんな気持ちで、自分を見ているのだろう。けれど、涼矢のほうを見て確かめる勇気は出なかった。それが冷めた表情でも、昂奮した表情でも嫌だと思った。それならどうあってほしいのだろう、と思う。自分の欲望は分かる。このまま1人でやらされるなら、さっさとイッて終わらせたい。そうでないなら、涼矢に組みしだかれたい。抱かれたい。本当に1人きりの時には、いくらそう望んでも、涼矢の体温は得られなかった。でも、今なら、その涼矢は、すぐそこにいる。1メートルも離れていないところに。手を延ばせば届くところに。 「あっ……。」少し大きめの声が出てしまった。同時に涙も浮かんできた。「涼っ……。」こらえていたその名前を吐き出した。すぐ隣にいる、その名の主の顔は、未だ見られない。  ベッドが揺れた。涼矢が動いたのだ。和樹の背後に回る。和樹からは見えないけれど、後ろから和樹の耳の裏に触れたのは涼矢の唇だろう。背中を滑っていくのは涼矢の指先だろう。肩を抱かれ、横になるように促された。和樹は、涼矢に膝枕されるような姿勢になった。  涼矢の指が背中から腰回りを滑っていき、やがてアナルへと到達する。ひんやりとしたローションがそこに注がれるのが分かった。いきなりプラグかと思ったけれど、指から始まった。バスルームでの"準備"で、それはもう必要のない行為だったのだが、和樹はされるがままでいた。自分の手はまだペニスをしごいている。オナニーしろと言われているのだ、勝手にやめてはいけないのだと自分に言い聞かせていた。  涼矢の指示に従うことは屈辱的で恥ずかしいことに違いなかったが、激しい快感をもたらすものでもあった。和樹は、ずっと認めたくなかったその感情を、ついに受け入れた。直前になって、眼前でのオナニーなどしなくていいのだと涼矢は言った。今だって、もう自分で触ることをやめても、涼矢は何も言わないだろう。それが分かっていてなお、あえてそうしている自分。被虐の快感を、和樹は自発的に求めていた。    涼矢の指が抜かれた。代わりに、独特のフォルムをした異物が入ってきた。 「あ……あっ、ああっ。」和樹は声を上げた。涼矢がゆっくりとそれを出し入れすると、プラグのくびれが肉壁を刺激した。浅く、深く、指でもペニスでもないものが行き来する。自分でもやったのだから、その感覚は既に知っている。それなのに、涼矢が扱うと、予想と違うリズムで動いて、全く異なる快感となった。 「顔……見せて。」ようやく聞こえてきた、ささやくような涼矢の声。今の姿勢で涼矢の側に顔を向けるのは難しい。和樹はバックの時の姿勢になった。お尻を突き出し、枕の上に組んだ自分の腕に顔を載せた。その顔を涼矢に向ける。  今の自分が涼矢にどんな顔を見せているのか、知りたくはないが想像はつく。発情しているのを隠しもせずに、頬を紅潮させ、目を潤ませ、唾液を口の端から垂らしながら、淫らな喘ぎ声を上げているのだ。そして、それはきっと、涼矢の希望通りだ。  ほら。涼矢は満足気な表情で俺を見ている。見たかったんだろう? こういう俺が。自分は服を着込んで澄まし顔で、裸の俺のケツにプラグ突っ込んで、みっともなく喘がせたかったんだろう? 「あっ……涼、気持ちい……。」涼矢はプラグをグッと奥に突っ込んだ。和樹が自分で試した時には、そこまで深く入れたことはなかった。「ああっ!」  涼矢は和樹の髪を撫でて、「可愛い。」と呟いた。  可愛い? 可愛いってなんだよ。こんな、ぐちゃぐちゃの俺なのに。

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