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第47話 GINGER ALE(24)
「俺ばっかり、べとべとで、きったねえな。」和樹は自分の顔を手でこする。涙か唾液か、濡れては乾いて、なんだかべたついていた。
「俺も服の下はそれなりに。」
「おまえ結局脱がねえし。」
「脱がされるのを楽しみにしてたんだけど。」
「そんな余裕あるかよ。」和樹はベッドから降りて、バスルームに向かった。涼矢が来てから、シャワーをやたらと浴びている。事前と事後に使うせいだ。水道代の節約のためには、セックスはバラバラと数回に分けるよりは、まとめてやったほうがいいのか……などと、愚にもつかないことを考える。
Tシャツと短パン姿で出てきた和樹とバトンタッチして、涼矢もバスルームに行く。
キッチンを見ると、鍋の中にジンジャーシロップらしきものが既に仕込まれていた。それが出来あがりなのか、途中経過なのか、和樹には分からないけれど。さっきは参考書を見ていたし、今はシロップを仕込んでいて、涼矢にはおよそ無駄な時間というものがないらしい。和樹にしても、どちらかと言えばぼんやり何もしないでいるよりは、何かしていたい気質だが、何かすると言っても、試験前でもない限りは雑誌やテレビを見るのが関の山で、ぼんやりしているのと変わらない生産性のなさだ。
実際、すげえわな、あいつ。成績優秀で奨学金もらってるって? 俺とあいつは水泳部ではライバルで、高校3年間、水泳でしかあいつを評価することはなかった。でも、現実はどうだ。俺の大学より難関な大学で成績優秀者で、家事能力も俺より数段上で、パソコン使いこなして、音楽にも美術にも造詣が深くて。果ては身長まで差が開いて、もう、勝てるものは何もないじゃないか。誰がライバルだって? 俺なんかより、涼矢は、俺よりずっと大人で、なんでもできて、家だって金持ちだ。
――涼矢は、俺のどこがそんなに好きなんだろう。
そんなことを考えている内に、涼矢がバスルームから出た気配がして、洗面所でドライヤーを使う音がした。更にそれからしばらくの後、和樹と同じく、Tシャツと短パン姿で出てきた。
「これ、出来あがり?」と、和樹は鍋を指差す。
「いや、これから煮る。」言いながら、ガスの火をつけた。その背中側から、和樹は涼矢に抱きついた。「な、何?」急な振る舞いに、涼矢は驚く。
「涼矢はさぁ。」
「ん?」
「俺のどこが好きなの? 俺より、なんでもできるくせに。」
「……お兄さんと同じこと聞くんだな。」そう言われて、和樹も思い出した。兄の宏樹に涼矢のことをカミングアウトした後に、初めて涼矢と顔を合わせた時の宏樹は、そう言えば全く同じ質問を涼矢に投げかけていた。「答えだって変わらないよ。」
「なんて言ってたっけ。」
「全部。」言い淀むことなく、涼矢は言った。
ああ、そうだ。そう言っていた。それから。
「人によって態度を変えないところ……だっけ。」和樹はその時のことを思い出しながら言った。
「うん、そう。そういうところも好きだし、尊敬してる。あと顔も好きだし、それから、声とか、筋肉とか、全部好き。優しいし、可愛いし、面白いし、俺の飯うまそうに食ってくれるし。」
「……もう、いいや。サンキュ。」
「なんで、急に?」
「おまえがあんまり何でもできるから、ちょっとすねただけだよ。」
「あと、エロいとこも好きだよ。」涼矢はくるりと後ろを振り向いて、背中に貼りつきっぱなしの和樹に言った。
和樹は涼矢の背中を軽く小突いた。「おまえ、本当はドSだよな? 俺の下僕だのなんだの言って、好き勝手しやがって。」
「俺がドSに思えるんだとしたら、和樹がドMなんだよ。」ジンジャーシロップが煮立ってきて、生姜とスパイスの香りが漂いはじめた。「俺はね、和樹の欲望に応えてるだけ。」涼矢は火を弱火にする。「もっと素直になったらいいのに。あーでも、意地張ってる時の和樹も超可愛いんだよな。」
和樹はさっきよりも強く涼矢の背を殴る。
「いてっ」と涼矢が声を上げた。
「俺はおまえのそういうとこ、嫌いだよ。」
「それは困った。俺はおまえに嫌われたら、生きていけない。」
「じゃあ、治せ、そういう性格。」
「分かったよ、今度から、思っても言わない。」
「思うのかよ。」
「思うのは止められないもの、仕方ないだろ。」
「ふん。」和樹は涼矢から離れて、ベッドにゴロンと横たわった。その瞬間に肘に何かが当たる感触がして、見ると、アナルプラグだった。和樹はそれを拾って洗面所に行き、洗浄した。なんだか、とてつもなく恥ずかしい。それからまたベッドに改めて横になった。エアコンの風量を「強」にする。省エネだのエコだの知らねえ、とにかく俺は今クールダウンしたいんだ……。
ジンジャーの香りを感じながら、和樹は少しうとうとしたようだ。ハッと気付いた時には、涼矢は玉ねぎをみじん切りしていた。そして、エアコンの風が弱まっているし、体にはタオルケットがかけられている。涼矢が和樹を気遣ってしたことだろう。
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