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第865話 こともなし(1)
和樹は琴音からサークル分裂の危機についての相談を受けたことを話した。当初は琴音からの告白だと勘違いしたことや、手作りのクッキーをもらったことなどは伏せたのは、無意識の罪悪感からだ。更にはあたかも最初から琴音は渡辺が気になっていて、だからその相談も自分は単なるオブザーバーに過ぎないのだとミスリードさせるような言い回しになった。
――ミヤさんのサークル、そんなことになってたんだ。
「うん。ま、俺も琴音ちゃんから聞いただけだけどね。」
――サークルでもなんでも、ゼロから始めるってのは大変なんだろうな。
「そうだね。」
――で?
「で、って?」
――ミヤさんのサークルの状況を俺に報告する目的だよ。その、琴音ちゃんて子の相談への答えを俺に出せってこと?
それは俺に頼るべき問題じゃないだろう、という含みのある言い方だ。
「あ、いや、それはもう解決した。」
――なんて言ったの。
「うーん。」和樹はどう言えばいいのか悩んだ。「琴音ちゃんの言い方って、本人無意識なんだろうけど、上から目線って言うの? こう、自分が普通で、普通じゃない人はかわいそうだから助けてあげなきゃ、みたいな感じがして。」
涼矢にそう伝えていくうちに、徐々に琴音の言葉への違和感の正体が判明してくる。
――多数派ってのはそんなもんだ。障碍者に対してもいるだろ、そういう人。自分がスタンダード。
「その琴音ちゃんがさ、あっちのサークルにいると少数派の側になるわけだ。で、打ち解けられないって悩んでて。」
――そんなの、打ち解けられると思ってるほうがおかしい。そう思えたことがあるとしたら、それは相手が気を使ってたんだ。
涼矢の切り捨てるような言い方に、和樹は苛立ちを覚えた。「そんな言い方しなくたって。」
――相手は、普段は気を張って暮らしてて、せめてそういうサークルでは同じような仲間と、気兼ねなく、本来の自分でいたいと思って来てるんじゃないの。だとしたら遠慮すべきはその子のほうだと思う。
「俺だって。」和樹が涼矢の言葉を遮った。「俺だってそう思ったよ。だからそう言ったよ、いつも気ぃ使って空気読んで、ほんとのこと言えなくて苦しんでる、そういう人のためのサークルなんじゃないの、って。……て言うかさ、涼矢、おまえ、そう思ってたわけ?」
――そう思ってたって、何が?
「いつも気を張ってて、本来の自分ではいられなくて。や、まあ、それはそうだったんだろうとは思うけど、周りの奴とは打ち解けられるはずないって思ってた? 高校ん時も。」
――高校の話なんかしてない。
「俺だって誰にでもなんでも言えるわけじゃないよ、でもそれはみんなそうだろ? ゲイじゃなくても、それぞれみんな何か抱えてる。でも、その上で、仲間にだって恋人にだってなれるだろう? 少なくとも高校の時、俺はおまえを仲間だと思ってたよ。なのに、俺はみんなとは違う、打ち解け合って仲間になるなんて無理って、一方的に壁作られてたわけ?」
――それとこれとは違う話だろ。
「ほら、そうやって、これはこれ、それはそれって、すぐ分ける。」
――何が言いたいんだよ。
「別に、男が好きでも女が好きでも、仲間とか友達とかそういうもんにはなれるだろ。なのに、おまえの言い方って、恋愛対象にならない相手はそれだけで全員壁の外に追い出す感じ。」
――おまえだって今、誰にでもなんでも言えるわけじゃないって言ったじゃないか。誰だってそういう壁はあるってことだろ。俺はおまえより壁の内側が狭いとは思うけど。
「ええと、そうじゃなくてさ。」
――和樹は誰とでもお友達になれると思ってんだろうけど、俺はそうは思ってないし、なれるとしてもなりたくない奴とはならないよ、それだけ。
「そうじゃなくて。」
和樹は苛立ちを覚える。涼矢とこんな風に揉めたかったわけじゃない。逆だ。涼矢なら琴音の言葉への違和感を察して、同じ気持ちを共有してもらえると思って話したのだ。
でも、今更ながらにして思い知る。涼矢は、それこそ琴音が「自分とは違う人たち」と線引きをして、同情を寄せた挙句に反対に反発をくらっているその相手側なのだ。
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