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第63話 彼らの事情(3)

 涼矢はまたあくびをしながら、ベッドの周りをキョロキョロと見回した。「脱いだパンツがない。」 「昨日は風呂場から真っ裸でベッドに直行したからな。」 「あ、そっか。」涼矢はいつの間にか、テレビ脇の50cm四方ほどのスペースを「自分用のスペース」として設定したようで、持参した参考書や、滞在中着る予定らしき服や下着類が整理され積まれていた。そこから着替えを取り出して、外出できるレベルの服を着た。和樹はと言えば、短パンだけ身に着けて、上半身は裸のままだったが、いつでも出かけられる準備を始めた涼矢を見て、慌てて自分もまともな服を着た。  それから和樹は髭剃りをした。涼矢はテレビで天気予報を見る。「大気の状態が不安定、夕立があるかも、だって。」 「ふうん。バーベキュー、昨日で良かったな。今日はあんまり遠出しないでおこう。」 「うん。」  一通りの身だしなみが整ったところで、和樹が先に玄関に立った。 「あ、涼矢、忘れ物。」 「何? 鍵? スマホ?」既に靴を履いてしまった和樹の代わりに、取りに行ってやろうと考えているようだ。 「おはようのキス。」 「なんだ。」涼矢は笑って、キスをした。  喫茶店のドアを開けると、今日もカランコロンという、どこか懐かしいドアベルの音が鳴った。 「いらっしゃいませ。」マスターはにっこりと微笑んだ。  今日はテーブル席も空いている。カウンターでのマスターとの会話も捨てがたいが、店内を違う角度から眺めてみたい気もする和樹だった。それをそのまま涼矢に伝えて、今回はテーブル席にした。 「食費担当者さん、ここのモーニングセット、なかなかのお値段ですよ。」モーニングセット用のメニューを見た涼矢が、小声で言った。  またお金の配分でケンカをするのは真っ平だ。お互いがそう思っているに違いなかった。和樹はしばし考える。少なくとも自分は値段を事前に把握していたのだから、そんなことは家を出る前に考えておくべきだったと反省しながら。 「こういうのはどうでしょうか。」和樹は自分の財布をテーブルの上に出した。 「はい。」 「これを共有の外食用財布とする。まず俺が3,000円、涼矢が1,000円入れておく。外食費はここから出す。なくなったらまた同額補充。普通のスーパーとかで買うものは俺が全額出すけど、外食の時はその程度負担していただけると助かります。食費は出すと言っておきながら申し訳ありませんが。」 「3対1の出資比率ということですね。3対2のほうが良くないですか? 和樹が3,000円なら、俺は2,000円。」 「……お言葉に甘えさせていただきます。」 「可決。」  涼矢は先日和樹が頼んだトーストのセット、和樹はサンドイッチのセットをオーダーした。 「共有財布の方式にしたからって、遠慮して一番安いのを頼まなくてもいいんだぞ。」と和樹が言うと、 「ここのメインはコーヒーだから。それに、まるまる一個の茹で卵ってしばらく食べてないから、久々に食べたくなった。」と涼矢は答えた。「それにしても、共有財布なんて、よく思いついたね。」  和樹は若干のためらいを見せてから、言った。「前に話した、年上の彼女、いただろ? 彼女とのデート費用がその方式だった。彼女のほうは働いていたけど、1人暮らしのフリーターだったからそんなに金は持ってない。俺は俺でおごってあげたかったけど、高校生のノリでハンバーガー屋とかで済ませるのは彼女が嫌がってさ、彼女の提案で、お互い出せる範囲で出しあって、そこから使おうってことになった。……まあ、そうは言っても、結局外食なんか1度きりしかしなかったんだけどね。」 「ああ、後は連日セックスに溺れてたんだよな?」そのせいで最終的には彼女に部屋から追い出され、音信不通になった。 「言うなよ、俺の恥ずかしい過去なんだから。」 「そんな風に言ったらその元カノがかわいそうだよ。その人とつきあった過去があるおかげで、今、和樹は素晴らしい提案ができたわけだ。感謝しろ。」 「それはそうなんだけどね。」 「それに、その時の経験により、おまえのテクニックはかなり磨かれたものと想像する。」 「……感謝しなきゃな。」  その時、モーニングセットがやってきた。 「こんなにすぐにいらしていただいて、恐縮です。」とマスターが言った。 「俺、地方に住んでて、東京にいる間にしか来られないので。」と涼矢。 「ああ、そうですか。どちらですか。」 「X県です。」 「おや、私の妻と同郷だ。市内ですか?」市内というのは、つまり、県庁所在地の市のことだ。県内在住者の7割ほどがその市に集中している。 「はい。」 「そうですか、妻はもっと山の方でね、F市です。」 「F市は親戚がいますよ。」 「偶然ですね。残念ながら、妻の実家はもうなくなってしまったのですが。みんな都会に出てしまってね。」マスターはにっこり笑う。「では、ごゆっくり。後でコーヒーお持ちしますね。モーニングブレンドでよろしいですか? リョウヤスペシャルもできますよ。」 「今日はモーニングで。」 「かしこまりました。」

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