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第878話 precious moments(6)
「今更そんなこと言われたってね。そっちだってあっさり納得したでしょうが。」
「結局、どのぐらいつきあったんですか?」
「どのぐらいって言われても、ねえ?」香椎は若林の顔を見る。
「実質、半月もなかったんじゃねえか?」
「そこまで短期間だったっけ? お試しでおつきあいしてみませんかって言ったのが夏で……確か僕が帰省して戻った後だから、八月も後半だったよね。それで、やっぱり無理だって結論が出たのが大学の後期が始まる頃だから……まあ、そんなもんか。あの時はもっと長く感じたけど、そうでもなかったんだね。」
「学祭準備もあって、毎日顔は会わせてたからなあ。」
「そのうちの一週間はうちで寝泊まりしてたし。」
「ああ、うん。そんなこともあったな。」和樹の前でそこまで話すつもりはなかったようで、若林は照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。
半月。約二週間。それだけあれば充分だ、と和樹は思った。卒業式の日に気持ちを確かめ合ってから、和樹が上京するまでの期間。それがちょうど似たような日数だ。もっと以前の、ミサキとの爛れた日々に至っては一週間だ。一週間みっちりと「恋人として」一緒に過ごして、どうしてもその気になれなかったのだとしたら、やはり付き合い続けることは厳しいだろう。
セックスだけが愛情を確かめる手段ではないけれど、少なくとも涼矢との関係では重要だった。「男相手にその気になれるのか」。和樹にとっては、まずはそれこそがこの恋の一番のハードルだった。結果的に「その気になれた」から今がある。
「一週間も泊まり込んだってことは、香椎先輩も一人暮らしなんですね。……そりゃそうか、俺と同じ地方出身ですもんね。」和樹は話題を変えた。
「都倉くんも学生寮じゃなくて、普通のアパート?」
「はい。」
「僕も。大変だよね、一人暮らし。もう慣れた?」
「はい。俺、実家にいる時は親任せだったから、最初はマジで大変でしたけど。」
「田崎くんは実家?」
「ええ。でも、あいつは昔から家事全般やってたみたいで、俺よりずっと生活力あるんですよ。料理も上手いし。」
「へえ、そうなんだ。」香椎は心から楽しそうにそんな話を聞いた。
「でも、それに甘えちゃいけないと思って、俺も少しずつ料理のレパートリー増やしてて。」
「偉いね、僕は任せっきり。」
「え、誰に?」
「亮くんが転がり込んできた時は一人だったけど、今は一緒に暮らしてるパートナーがいる。」
「そうなんですか。学生?」
「うん。宮脇くんじゃないけど、ああいった学生サークルで知り合った人。その頃はまだ、うちの大学にそういうサークルなかったから、他大のインカレサークルに入ってね。あ、だから、そっちのサークルの人にはオープンにしてるんだけど……でも、それ以上にはカムアする気にはならないかな。もうパートナーは見つけたわけだし。」
ふと琴音の話が頭をよぎる。
「つまり、そういうサークルに入った目的は、出会いを求めて、ってやつだったんですか?」
「うーん、まあ、正直、そうだよね。パートナーとは言わないまでも自分と同じような友達ができればいいかなって。せっかく田舎から出てきたのに、自分らしくいられないのもつまらないからね。」
「俺がいるだろう。」若林が不満そうに口をとがらせる。
「何言ってんの、同じような立場のって言ってるでしょ。亮くんは趣味が乙女なだけでノンケだもん。それに会社員だし、そうそう学生と同じノリで連れまわせないでしょうが。」
「連れまわしたかったのか。」
真顔で言う若林を見て、香椎は笑う。「連れまわしたかったよ。僕はね、好きな人と、イルミがきれいなとこでデートしたり、プレゼント贈り合ったり、家で一緒に映画見たりしたかったの。世のカップルと同じようにね。」
「やだやだ、おまえがそんな浮かれた奴だとは知らんかった。」
「そ、だから亮くんに振られて正解。今の彼はそういうの一緒に楽しんでくれるから。」
だったら涼矢ともつきあわなくて正解でしたよ、あいつもそういうデートはしない奴だから。そういったことを言いそうになってやめた。――涼矢は案外「そういうの」を楽しむタイプだ。Pランドのハート型の石の言い伝えを信じていたりとか。
「いい人と出会えて、良かったですね。」
「うん。それはね、やっぱり、そのサークルに参加しないと出会えなかったから、勇気出してみて良かったと思う。こっちの学祭サークルだって都倉くんや宮脇くんがいたように、ゲイはいるのかもしれないけど、隠してる者同士で恋愛関係まで持っていけるかっていうと大変じゃない? 実際僕は、この人で失敗してるわけだし。」
「失敗なのか?」若林が口を挟む。
「はいはい、ごめん、失敗じゃないね。いい友達になれたもんね。」香椎は若林の頭を撫でる仕草をした。整髪料のついた髪には触れたくないのだろう、実際には触っていないようだ。「でも、彼氏にはなってくれなかった。」
「しゃあねえだろ。」
「そ、仕方ない。」香椎は和樹のほうに向き直る。「ノンケに無理強いしたって仕方ないんだから、だったら最初から保証のある人たちの中から見つけるほうがいいでしょ。だから。」
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