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第879話 precious moments(7)
「だから、出会えそうなサークルに入ったってことですね。ミヤちゃんのサークルは、出会いって言うより、啓蒙活動がメインらしいけど、そういう活動は興味ないですか?」
「都倉くんはあるの?」
質問返しをされ、気まずくなりながらも和樹は答えた。「実はあんまり。あ、でも全く興味ないわけじゃないです。ただ、他のこと、就活とか、そういうことと比べたら優先順位が低いというか。」
「うん、僕も今はそんな感じ。つきあってる人がいて、そこそこ楽しければ、それ以上望まない。余計な波風立てて変に注目されるほうが嫌かな。」
「でも、それじゃいけない気もしませんか。やっぱり、そういうのをオープンにできないのは、差別があるからで。」
「僕のつきあってる人もそう言うね。基本的人権に関わる問題だ、黙ってちゃダメだ、なんて。」
「そういう時、香椎先輩はなんて答えるんですか?」
「そうだねって相槌は打つよ。それだけだけど。」香椎は笑った。「でも、都倉くんも分かるでしょう、田舎に彼氏連れて帰って、親や親戚の前で彼が僕のパートナーです、なんて紹介できないよ。」
「そうなのか?」若林が言う。「今の時代、そこまで差別なんて……。」
「亮くんは東京の人だから。」口調こそ穏やかだが、一言で切り捨てる香椎だった。
「涼矢は大学で隠してないんですよ。」
「え。」香椎が初めて表情を固くした。「あの、田崎くんが?」
「はい。あの田崎くんが。」その代わりのように和樹がにっこり笑う。「俺もそれ聞いた時、そう思いました。高校の時もずっと隠してたし。人付き合いのいいほうじゃないから、オープンにしてるといっても何人かみたいですけど。」
「……都倉くんの存在がそれだけ大きいんだね。」
「さあ、それはどうなんだろう。」和樹は苦笑する。「女の子たちに合コンに誘われた時、断る言い訳をいちいち考えるのが面倒くさいって言ってました。」
「それだけ頻繁に誘われるってこと? モテてるんだね。」
「高校の時は全然でしたよ。中学の時はどうでした?」
「学年が違うから詳しくは知らないけど、でも、地味に目立つんだよね、彼。」
「地味に目立つって、矛盾してねえか。」若林が言った。
「一年生の時は背も低くて、もじもじしてる子だった。それが二年になる頃にはギューンと大きくなって、僕と同じぐらいになって、かと思ったらすぐに追い抜かれた。成長痛がひどくて、夜中に骨がギシギシ言うって言ってたな。」香椎は懐かしそうな目をした。「絵を教えたのは僕だけど、パソコンのソフトなんかはすぐに僕より上手に扱えるようになってた。毎日のように美術室に来てた時も、ほんとに来るたび変わっていくから、目が離せなかった。」
香椎の背は一七〇cmに少し足りず、おそらく哲と同じぐらいだろう。それよりも小柄だった頃の涼矢など想像しにくい。その当時を知る香椎が少し妬ましい。
「今は一八〇cm超えてますよ。俺より高い。」
「都倉くんより? うわあ、それはすごいな。」
「二人並ぶとツインタワーだな。」若林は笑う。香椎と和樹の共通の話題である「田崎涼矢」を直接知らない若林にとって、この話題はおもしろいものではないはずだ。にも関わらず不機嫌な顔を一切見せないところに大人の余裕を感じる和樹だった。
「それはモテるよね、合コンも引く手数多 で当然。」香椎は自分に言い聞かせるように言う。
「高校の時はそうでもなかったですけどね。」和樹は言った矢先にしまったと思う。ついさっきも同じことを言った。こんなに否定すると、逆に嫉妬してるみたいだ。――誰に? 「実はモテる涼矢」に? 「自分の知らない涼矢を知ってる香椎」に?
「そうかなあ。中学の時も地味にモテてたけどなあ。」
「え、そうなんですか。」
「うん。僕、二回ほど頼まれたよ、一つはチョコ、もう一つは手紙を渡してほしいって。」
「マジですか。」
「僕が握りつぶしたけど。」香椎はそう言って笑った。
「ひど。」和樹も笑ってしまう。
「嘘嘘。そうしてやりたかったけど女の子にバレたら怖いから。でも、そうしたところで結果は変わらなかったんじゃないかな。田崎くん、受け取れないから本人に返してくれって、くれた子の名前も見ずに僕につっかえしてきた。」
「それでどうしたんですか。」
「いくらなんでも僕がそんなことできないでしょ。だから返すなら返すで自分でやってくれって、押し返した。後のことは知らないよ。」
「ふっ。」和樹は、以前の涼矢の、ある種の傍若無人さと重ね合わせて笑った。それは中途半端な優しさは残酷だから、という涼矢なりの誠実さの表れでもあったのだけれど、そうと知らなかったうちは、ただの不調法に見えたものだ。そして、香椎にもその片鱗を感じて、その当時の二人は「似た者同士」だったのだろうと感じた。
「なーに笑ってんだ?」と若林が茶化した。
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