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第65話 彼らの事情(5)
「今のを下ネタと思う方がいやらしい。やることはひとつとしか言ってない。部屋で勉強するってことかもしれないのに。」
「そんなわけないだろ。俺ならともかく、おまえに限って。」
「失敬だな。……あ、そだ、動物園行く?」
「上野?」
「いやいや、井の頭動物園。吉祥寺だから近い。上野みたいな大きい動物園じゃないから、珍獣も猛獣も大型動物もいないけど。前は象のハナコがいたんだけどね。」
「ハナコ?」
「そう、日本で飼育された象の中で最年長だったんだよ。生きてるうちに見たかったなあ。」
「こっち来てから、まだ一度も行ってないの?」
「そう。動物園なんて友達誘うのも微妙だろ。1人というのもなんだし。でも、ずっと行きたいとは思ってたからさ、つきあってよ。」
「いいよ。このまま行っちゃう?」
「そうだね。」
電車に乗れば、一駅で吉祥寺だ。むしろ駅から井の頭公園を通って動物園までたどりつくほうに時間を要した。平日だが夏休み期間中とあって、公園も動物園も、家族連れで賑わっていた。
「年間パスポート1,600円。安っ。」和樹は料金表を見上げて呟いた。
「入園料400円だから、4回来れば元が取れる。」
「涼矢が年4回来てくれるんならなあ。毎回一緒に来るのに。」
「それは厳しい。」
「とりあえず今日見て、1人でも来られそうなら、パスポート買おうかな……。」
「そんなに好きなんだ、動物。」
「うん。」
「イグアナとか。」
「何故それが最初に出てくるんだよ、主に哺乳類だよ。」
「ハダカデバネズミとかタスマニアデビルとか。」
「ちげえわ。」
「タスマニアデビルは名前に反して割と可愛いルックスだけどな。」
「俺が見たいのはカピバラとかフェネックだよ。もういいから、普通に見させろ。」
その後は"普通に"見て回った。モルモットと触れあえるコーナーがあったが、こどもたちで混雑していて、その中に入って行く勇気は出ない和樹だった。
「ガキんちょの夏休み終わって、空いている時期になったら絶対触れあってやる。」と和樹は言った。
「18歳の男子大学生が1人でモルモットと触れあい?」
「……痛いかな。」
「ちょっとね。次回の俺の上京を待てよ、またつきあってやるから。今日は俺と触れあっとけ。」
「そうする。」
2人はゆるゆると見て回る。お目当てのカピバラもフェネックも見ることができた。和樹の言っていた通り、キリンや白クマのような大型動物や猛獣の類はいなかったが、猿山を見て、放し飼いのリスを間近に見られるエリアや、野鳥のエリアを経て、再びゲートまで戻ってくる頃には、それなりの充実感があった。
「動物園なんて久しぶりだけど、結構面白いな。」と、涼矢が言った。
「だろ?」
「このぐらいの規模ってところも、疲れなくていい。」
「そうだな。動物園見て、公園の池でボート乗って、吉祥寺のカフェでお茶して……なんて、カップルには最適のデートコース。」
「人気スポットにもなるわけだ。」
「だよね。」
「じゃ、次はボート?」
「本気で?」
「嫌? 恥ずかしい?」
「ちょっと様子見てから決める。」
和樹たちはボート乗り場の方へ行ってみた。池にはたくさんのボートがそこかしこに見えた。見た限りでは男2人で乗っているボートはないが、これだけ数があれば、目立ちもしないかもしれない。
「……サイクルボートなら。」と和樹は言った。ボートは3種類あった。普通の手漕ぎボートではどういう人物が乗っているのか周囲から一目瞭然だ。スワンボートはいかにもで恥ずかしい。サイクルボートなら屋根が付いているから多少は目立たない気がした。
「ここは俺が出す。大人しく奢られろよ?」涼矢はそう言って、ボート乗り場の受付に行った。
2人はボートに乗り込んだ。乗り込む瞬間だけ、周りの目が多少気になったが、乗ってしまえば体育会系出身の血が騒ぐ。2人して無駄に脚力を使って、暴走に近い漕ぎ方をした。
「なあ。」と和樹。
「なんだ?」
「俺らだけ、やたら必死なんだけど。」和樹は足を止めた。
「えっ。」涼矢も止める。それでもペダルはしばらく勝手に動いていた。涼矢は周りを見た。「あ……本当だ。」
「デートのボートって、こういうのじゃないよ。俺も元カノとボート乗ったことないから分からんけど、たぶん違う。」
「そうか。」
「会話を楽しみながら、のんびりと漕ぐ。」
「うん。」2人はのんびりペースで再び漕ぎ始めた。「あれ?」
「どうした?」
「なんか今、着信音がしたような。」涼矢はバッグからスマホを出した。「あ、やっぱり。哲からの返事来てた。」
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