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第66話 彼らの事情(6)
「来ましたか。」
「調布って、東京だよね?」画面を見ながら涼矢が尋ねる。
「東京。市だけど。」
「そこにいるんだって。ここと近い?」
「それは俺も分からない。位置関係や路線図はさっぱり。」
「本人に聞いてみよう。こっちは吉祥寺って言えば通じるよね? 西荻窪のほうがいい?」2人は漕ぐのをやめて、その場で漂った。
「吉祥寺のほうが確実に通じると思う。」
「オッケー。」涼矢はスマホを操作した。すぐに返事が来たようだ。「明日の午後なら昼でも夜でもいいってさ。吉祥寺でもいいし、別のところでもいいって。」
「お任せするよ。都内はそっちのほうが詳しいだろうから。」
「分かった。……あ、またなんか来た。」
「ん?」
涼矢は少し考え込むような仕草をしてから、言った。「……明日、夜なら彼氏もいるから、ダブルデートしようとのことです。」
「……。」和樹は無言のうちに再び漕ぎだした。ペダルは2人それぞれにあるが、連動しているから、どちらか一人だけが漕いでもとりあえずは進む。
「でも、おかしいな。」
「何がだよ。」何故か少し苛立つ和樹だった。自分でも何に苛立だっているのか分からない。涼矢に手を出そうとしたテツに好印象は抱いていないのは事実だが、今は向こうにも相手がいて、そこまで苛立つ必要はないはずだった。テツ1人と対峙するより、ダブルデートのほうが、むしろ気楽かもしれないのにも関わらず。
「哲の彼氏って、確かバーの店長か何かで、お盆時期でもないのに、店を休んで地元を離れられるような仕事じゃないんだよ。そのことをすげえ愚痴ってたから覚えてる。」
「知らねえよ、そんなこと。浮気相手かなんかじゃないの。現地妻みたいに、そこかしこにお相手がいるとかさ。」
涼矢は和樹の皮肉めいた口調に気が付いて咎めようとしたが、やめた。
「何、そんな奴じゃないとでも言う?」和樹はまた皮肉っぽい口調だ。
「一応友達は友達なんで、そう言いたいところなんだけど、それもありえなくない気がしてきた。」
「なんだよ、とんだビッチなんだな。」
「彼氏がよく替わるのは事実。でも、今までは哲がどういうつきあいをしようが、それは彼の問題だからと思って気にしてなかった。けど、和樹に会わせるとなると、なんだか気が重くなったと言うか。」
「今更だろ。こっちから誘っちゃったのに。」
「だよな。……和樹のことも口説いてくるかもしれないけど、相手するなよ?」
「見境ねえな。」
「だってろくに知らない俺にまで声かけてきた奴だし。」
「それこそ今更だろうがよ。そういう奴だからツラ見てやるんだ。」
「……だよな。」涼矢は、ふう、とため息をついた。「俺、今までこういう経験ないんだよ。知っての通り、交友関係狭いし、友達の友達はみんな友達ってタイプじゃないし、誰かに誰かを紹介したりとか。ましてや、こういう……彼氏を引き合わせる的なことって。本当に和樹と哲が会うんだと思ったら、変な感じ。」
「大丈夫だよ、俺のほうはそういうの平気だから。」
「……ですよね。」
「とりあえず場所とかはテツに任せるって言ったんだから、任せるよ。浮気相手でも現地彼氏でも連れてくればいい、こっちだって負けない。」
「何の勝負をするつもりなんだ。」
「ラブラブぶりを見せつけて、二度と涼矢に変な気を起こさせないようにする。」
「それは心配ない……と思うけど。……ま、とにかくOKで返事するよ?」
「おう、どっからでもかかってきやがれってんだ。」
涼矢はファイティングポーズを取る和樹を見て、ホッとしたように笑った。
ボートの利用時間は30分間。以降は延長料金を取られるから、その前に戻ることにする。暴走の甲斐あって、2人のボートは乗り場からは一番遠い場所にいたが、無事に時間内に戻ることができた。
「もう、戻る? カフェでお茶までする?」と和樹が言った。
「今日はモーニングセットだったから、贅沢しないでおこう。」
「そうだね。散歩がてら歩いて帰ってみる? 2、30分かかると思うけど。」
「全然OK。」
2人は歩き出す。歩き始めて間もなく、和樹が言った。「東京の人のほうが歩くよね。」
「そういう話はよく聞くな。交通網が発達してるから、車使う必要性が低いんだろ。」
「ホントにみんな、15分ぐらいならためらいなく歩くよ。地下鉄の乗り換えなんて、同じ駅なのに5分10分かかったりするけど、当たり前のような顔して毎日通勤通学。」
「ラッシュもあるだろうにね。お疲れ様です。」
「贅沢品なんだよ、都内の、特に23区内で車なんて。あったらあったで維持費かかるし、駐車代も高いし。だから、バーベキューの時も免許持ってる奴、すごく少なかったんだ。そもそも免許取らなきゃとも思わないみたい。」
「俺の周りじゃ、18になったらとりあえず免許、だもんな。」
「俺もそう思ってたけどさ、今は金もないし。東京にいる間は運転する機会もそんなにないだろうし。でも、就職してからだと教習所に通う時間がなくなるだろうから、どうしたもんか。」
「合宿免許、安かったよ。2週間で取れる。」
「だよな。でも、来年かな。」
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