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第67話 彼らの事情(7)
「運転手ならいつでもやってやるよ。」
「でも、近くにいないもん。夜中に腹が痛くなって、病院まで連れてって欲しいと思っても、間に合わないだろ。」
「それは救急車呼べよ。」
「あーあ。やっぱり近くにいてほしいなっと。」和樹は涼矢と腕がこすれるほどに近くにすり寄った。「できれば一緒に暮らしたいけど。」
「それは、最短であと3年ほどお待ちいただきたい。」
「長いな。俺も現地彼氏作っちゃおっかな。」
涼矢は肘で和樹の脇腹を突いた。
「ってえな。少しは加減しろよ。」和樹は脇腹を押さえる。
「するか、馬鹿。」涼矢は本気で怒っているようだ。
「冗談でも言っていいことと悪いことがある、という顔をしている。」
「わかってんならそういうこと言うんじゃねえよ、馬鹿。」
「馬鹿馬鹿言い過ぎ。」
「おまえが馬鹿だからだ。」
「へっ。」和樹は苦笑する。まだ脇腹は少し痛む。「俺、やっぱマゾっ気があるのかな。」
「何を急に。」
「怒られるの分かっててこういうこと言って、涼矢が真剣に怒ると、嬉しかったりする。」
「……本格的に馬鹿だな。なおかつ、マゾだ。」
「おまえはマジでガチにサディストだけどな。」
「おまえね、あんまりそれ言ってると、リクエストだと解釈するからね? 俺、麻縄の使い方の勉強とか始めるよ?」
「すいません、冗談です。」
「俺、結構向いてると思うんだよね。ああいう作業。」
「お願いします、やめてください。」
涼矢はニヤリと笑って、和樹の肩に腕を回し、耳元でささやいた。「おまえの『やめてください』は、『やってください』じゃないの?」
こいつ、ホントにドSだ……。和樹は涼矢の腕を振り払った。幸い、辺りに人はいない。と言うより、涼矢はそこまで確認した上で、いつ誰が通るかも分からない道端でこんなことをしたに違いない。
「涼矢くん。」
「なんだよ。」
「あそこでアイス買ってあげるから、そういうこと言うのやめて。」和樹は少し先にあるコンビニを指した。昼を少し回って、太陽は真上にある。アスファルトの照り返しもあり、上からも下からも暑さが襲ってくる。アイスも食べたくなるというものだ。
「コンビニアイスか。随分と安く見積もられてんな、俺。」
「なら、食べない?」
「食べる。」
「食べるんかい。」
コンビニでアイスを買う。すぐ食べ歩けるように棒のついたタイプだ。外に出ると同時に包装を店頭のゴミ箱に捨て、食べ始めた。
「普通、こういう時にハーゲンダッツは選ばないと思うんだけど。」と和樹が言った。
「どれでもいいって言ったじゃないか。」
「俺はガリガリ君なのに。」
「ダメならダメって言えよ。後からグチグチ言うな。」
「ダメじゃないけどさあ。」
「俺、ガリガリ君苦手だし。そういうシャキシャキ系のって歯がイーッてなる。乳脂肪分が高めのアイスじゃないとやだ。」
「出たよ、ブルジョワ。」
「うるせえよ、貧民。」
「ひっでえ。」
くだらないことを言い合いながら歩き続ける。
「昼飯は貧民の口に合うもんを作ってやるから喜べ。」
「喜べねえよ。だいたいなんだよ、貧民の口に合うって。」
「目玉焼きと粉チーズで作るパスタだ。」
「普通に美味そうじゃないか。」
「イタリアでは、『貧乏人のパスタ』と呼ばれている。日本の玉子かけごはんみたいな位置づけなんだろうな。おまえにぴったりだ。」
「ムカつくわー。ハーゲンダッツ奢ってそれってムカつくわー。」
「じゃ、食わないのか?」
「食うけど。……さっきもしたな、この会話。」
「立場、逆だけどな。」
そうこう言っている内にアイスを食べ終え、残った棒をプラプラさせながら帰宅した。
和樹は今日も早速エアコンを入れる。「ああ、暑かった。汗びっちょ。」
「更に半袖焼けしたし。」涼矢は袖をめくって見せる。昨日よりくっきりとしたツートンカラー。
「セクシー。」
「どこがだよ。」涼矢は洗面台で手と顔を洗う。
「あ、そう言えばさあ、ひとつお願いがあるんだけど。今日じゃなくていいんだけど。」
「何?」
「アイロン掛け、好きなんだよな?」
「まあな。お願いごとはそれか。」
「話が早い。」和樹は収納ボックスから数枚のシャツを出してきた。どれも襟のついた、半袖のコットンシャツ。「着たいんだけどね、シワシワで。」
「アイロン、あるの?」
「ある。使ったことはない。」
「後でな。メシ食ってから。」
「ありがとう。涼矢大好き。」
「は。」涼矢が呆れたように笑う。それから、座りもせずにすぐに鍋でお湯を沸かし始めた。
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