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第883話 precious moments(11)
「まあ、最後まで聞けって、ちゃんと説明するから。」
和樹は若林というОBと出会ったこと、そして、その人に同性とつきあっていると打ち明けた経緯を話した。
――どうして。
涼矢は戸惑っていた。あんなに俺との関係を隠したがっていた和樹が、琴音と言い、若林と言い、何故急にバラす気になった? そう聞きたいのはやまやまだが、隠したいという気持ちも隠さず言いたくなる気持ちも分かるだけに、言葉を選んでしまい、結局その先が言えずにいた。
「なんでだろうな。ミヤちゃんの話をしているうちに、若林先輩が先にトランスジェンダーの話をしだしたからかな。同僚にいるんだって。」
――でも、本人は当事者じゃないんだろ?
「本人はゲイでもトランスジェンダーでもないっぽいけど……でも女性になりたいと思うことはあるんだって。可愛い服やグッズが好きで、だから、そういうのが似合う子になりたかったみたい。実物はゴツくて、全然そういうの好きそうには見えない人でさ。」
――別に男が可愛いもの好きでも構わないんじゃないの。……で、若林先輩のことは分かったけど、その人が、どういう関係で……。
涼矢は「香椎」という固有名詞を口にしようとしなかった。和樹の気持ちを考えてのことだろう。和樹はそんな配慮をしてくれる涼矢に、これから言うことは少し残酷かもしれない、と思いつつも、なるべく淡々とした口調を心掛けて言った。
「若林先輩、香椎先輩とつきあってたんだって。」
涼矢の返事はない。ただ落ち着かない気配は伝わってくる。
「でも、ほんの半月だけ。」和樹は補足した。「その二週間も、結局何もなくて。」
――何もないって?
「だから、そういう……恋人としてのいろいろだよ。香椎先輩から告白して試しにつきあってみませんかって言ってはみたけど、若林先輩のほうがどうしてもその気になれなくて、別れて、それ以降は良い友達なんだって言ってた。実際、すげえ仲良くてさ。」
――先輩から……告白?
その「先輩」とは、涼矢にとっての「先輩」、つまり香椎のことなのだろう。よほど意外だったのか納得行かない口調だ。おそらく中学の頃の香椎は、自分から告白するようには到底思えないキャラクターだったのだろう。そして、涼矢自身もきっと。
「まあ、今はもうお互い恋愛感情はない感じだったよ。先輩後輩って感じでもなくて、親友というか悪友というか。」
――そういうのって俺にはあんまり理解できない。でも、和樹も川島さんと別れた後でも仲良かったもんな。
「ここで元カノの名前出すかな。」
――昔のこと持ちだしてきたの、そっちだろ。
「俺にとっては昔じゃねえよ、今日会ったんだから。」
涼矢はため息を吐く。
――そうか。まあ、そうだな。
「それで、香椎先輩から伝言。」
――え。
「涼矢が今幸せだと分かって良かった、ってさ。それと、香椎先輩も同棲してる彼氏がいて、幸せだって。」
――彼氏、なんだ?
「うん。」
――そう……。うん、まあ、先輩も良かった。気にしてたわけじゃないけど。
「またまた、俺に気ぃ使うなって。香椎先輩はずっと気にかけてたって言ってたよ、おまえのこと。急に美術室来なくなって、それきりだったからって。おまえだってそうなんだろ?」
――だから、ずっと忘れてたってば。
「でも、思い出しただろ。」
あの夏、涼矢が沖へ沖へと向かっていった海。それ以来行くのを避けていた浜辺を、二人でたどった。そうして、過呼吸を起こすほどの動揺と共に取り戻した記憶。
――昔のことだ。
「うん。でも、香椎先輩は覚えてた。じゃ、伝言二つ目な。『あの時、助けてあげられなくてごめん』、以上。」
――あの時って。和樹、何か話したの?
「いや? ただ、涼矢がだんだん元気がなくなっていった理由は自分のせいだと思うからって。」
――そんなの……先輩のせいじゃないし。
「そうだよな。今更、謝られても仕方ないよな。」
――俺のほうが失礼だったと思うし。急に押しかけたかと思えば急に避けて。
「うん。だから、そう言っておいた。涼矢が今ここにいたら、同じこと言うと思います、って。でも、いいじゃん、謝ることで楽になるならさ。おまえも先輩も、ごめんの一言ですっきりするなら。ずっと抜けなかった小っちゃな棘が取れたみたいなもんだろ?」
――和樹らしい言い方。
涼矢が小さく吹いた。
「ん。だから、俺としては会えて良かったよ。こんな偶然ってあるんだなってびっくりした。」
――俺も。
「驚いたんなら、もう少し分かりやすく驚けよ。俺一人で騒いでるみたい。」
――驚きすぎただけ。
「香椎先輩に会いたい?」
――会いたくないよ。会ってどうすんだよ。
和樹はハハッと声に出して笑った。「良かった。俺、宣言しちゃったからさ。涼矢の連絡先を教えたりしないよって。」
――当たり前だろ。それに、そんなの中学の時の知り合いにでも聞けばすぐ分かる。でも、今までだって必要ないと思ったから、調べようともしなかった。
和樹はまた笑った。「ほーんと、香椎先輩とおまえ、似てるとこあるよな。」
――似てないよ。
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