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第884話 precious moments(12)
「似てるところもある、って言ってるの。全部が全部じゃない。でも、気が合うのは分かる気がした。」
――似てるからってうまく行くとは限らない。
「まさに香椎先輩とおまえがそうだったんだもんな。好き合ってたくせに、二人とも何も言えなくてさ。」
――でも、若林って人には自分から告ったんだろ?
「そこも同じじゃない? おまえだって俺には自分から言った。香椎先輩もおまえも、中学の頃のことがあったから、変わったんだろ。やっぱり似てるんだよ。」
――分かったよ、そんなに言うなら似てんだろうよ。でも、今は関係ない。
和樹は笑う。
「そんなにむきになって言わなくても分かってるよ。今更、香椎先輩とおまえがどうこうするとも心配してないし、ヤキモチも焼いてねえよ。」
――ふうん。
涼矢の不満気な声に、和樹は更に笑った。「ヤキモチ焼いてほしかった?」
――別に。
「じゃあさ、俺の中学の頃の恋バナ聞く? 聞いたらヤキモチ焼く?」
――なんだよ、それ。聞かないし、焼かねえよ。
「初めて本気で好きになった子がいてさ。」
――聞かねえっつってんだろ。
「告って玉砕したよ。」
――玉砕したんだ。
「嬉しそうだな。」
――嬉しくないよ。和樹は百戦錬磨だと思ってたのに、そんな傷があったとは。
「傷じゃねえわ。つか、百戦錬磨でもねえわ。話したよな、エッチばかりして追い出された話。」
――それは単なる自業自得だし。そうじゃなくて、和樹から告って振られたのは、その中学の時だけだろって話。
「うーん? ……まあ、そうかな。結構それトラウマでさ、そこ以降自分から言うのは避けてた。」
――自分から言わなくても寄ってくるもんな。
「はい、そうです。俺、モテるんで。」
――ムカつく。
「でも、最近はモテねえなあ。あの、前に誕プレとかあげた塾の子にさえチヤホヤされなくなったもんね。琴音ちゃんがもしや、って思ったけど、結局は海とくっついたし。」
――カイ?
「渡辺のこと。」
――カイって呼ぶようになったんだ。
「あ、今はそれ、焼いてるよな?」
――るせえな。
「一年にも渡辺ってのがいるから、区別してんの。それだけだよ。つか、そっちより琴音ちゃんに引っかかれよ。」
――だって和樹、その女の子のことは苦手そうだったから。
「そんなことないよ。可愛いし、頑張ってるし。」
――でも、その子の言い方とか、ものの見方は気に食わないんだろう?
「別にそんな……。」和樹は言い淀む。はっきりとした嫌悪感はないものの、確かに琴音の言動には時折神経を逆撫でされる。「いやいや、琴音ちゃんのことはいいんだよ。」
――おまえが言い出したんだろうが。
「そうだった。本題はそれじゃない。」
――香椎先輩のことなら、もういい。元気で、幸せなんだよな? それなら、もういい。……伝えてくれて、ありがとう。
「な、なんだよ、急にしおらしく。」
――和樹がさ。
涼矢はそこでふと黙る。「ちょうどいい言葉」を探している。
――和樹が、その人が俺の……あの先輩だって分かった時、いい気持ちはしなかったと思うし………嫉妬とかじゃなくてさ、もっと……俺のあの馬鹿げた行動のこととかね、思い出しただろうし。それでも、ちゃんと話をしてきてくれた。
「まあ、こいつのせいで涼矢が、とは思わなくはなかったよ。けど、俺の先輩でもあるからな、ぶん殴るわけにも行かない。」
――あの人、ぶん殴られるようなことしてないだろ。
涼矢が少し笑って、和樹はホッとする。
「それに、なんか分かっちゃったんだよ。香椎先輩も苦しかったんだろうなって。」
――うん。たぶん。当時の俺には分かんなかったけど。
「苦しくても、涼矢を大事に思ってくれてた。そうと分かったら、嫉妬もできないし、恨めないよな。と言っても今更みんなで仲良くしましょうってわけにはいかないから、せめて、ちゃんと話をしようと思ってさ。話して、そんで、おまえに伝えたほうがいいと思ったことを伝えた。それだけ。」
――うん。ありがとう。
「サークルの先輩だから、また顔を合わせるかもしんないけど……こんな風に個人的に話すことはもうないと思う。それでいいよな?」
――それは和樹に任せるよ。俺の悪口で盛り上がりたきゃ好きにすればいい。
「悪口なんか言うかよ。あ、でも、昔の涼矢の話、聞きたいかも。なんか、中一の頃は背もちっちゃくて可愛かったって。」
――それはやめろ。つか、香椎先輩そんなこと言ってたの?
「言ってた。会うたび背が伸びて、目が離せなかったってさ。」
――やっぱ、もう会うな。会っても口きくな。
「ははっ。」
涼矢が一番苦しんでいた頃に、一番近くにいた人。和樹は香椎の穏やかな笑顔を思い返した。その当時もあんな風に笑う人だったのだろうか。いや、きっと違う。涼矢が初恋の人の死と、あの日の海を乗り越えて、俺に打ち明けてくれて、つきあうようになって、たまに喧嘩もして、それから哲や大学の友達とのこと、そういったあらゆる経験を経て今があるように、香椎先輩にだっていろいろなできごとがあっただろう。その先のあるはずのあの笑顔を、俺は受け入れたいと思ったんだ。そして、涼矢に、あの人との恋は決して無駄でもバカげたものでもない、今の「俺たち」にとって大切な、意味のあるものだったと伝えたかったんだ。
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