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第69話 彼らの事情(9)

 午後の早い時間。部屋の隅々まで明るい。それでも今回は、その明るさを気にすることもなく、夢中で貪りあった。涼矢から誘ったのに、和樹のほうが積極的に動いた。昨夜涼矢につけたキスマークはまだ残っている。それを目印にするように、同じところをまた吸った。  涼矢の首回りと二の腕は、日焼けしたところとしていないところとで、色が違う。褐色めいたところはつまり、服で隠されることなく露出する部分。和樹はわざと首元の褐色に、キスマークがつくようにした。色に紛れて目立たないかと思ったがそうでもない。元が色白な涼矢の肌は、日焼けしても和樹よりまだ白かった。  気付けばいい。テツも、その相手も、この男が俺のものだということに。  和樹の中に嫉妬と独占欲が湧いてくる。その必要がないことは知っている。涼矢の心変わりを危惧しているわけでもない。  自分のすべてを和樹に捧げる、と、以前涼矢は言った。それに対して、和樹はそんなものは要らない、と答えた。  『おまえの身体も心も、おまえのものだよ。俺だってそうだよ。人生だって別々だよ。ただ、俺は、おまえと同じ方向向いて、お互いのことを想いながら歩いて行きたい。』  そう伝えた気持ちは今も変わらない。でも、こうして離れて暮らして、実際「別々の人生」が始まってみると、やはり何も感じないわけには行かない。涼矢のことを想えば想うほど、涼矢には自分の知らない新しい環境があり、新しい人間関係があるのだと思い知らされる。自分だってそうだ。昨日のバーベキューで涼矢もまた同じようなことを思っただろう。でも、自分のことは棚に上げてしまいたくなる。涼矢を手元に置いて、誰の目にも触れさせたくないとさえ思う。 「痛っ。」涼矢の声で和樹は我に返った。涼矢は肩を押さえている。その手をのけると、うっすらとだが、歯型があった。 「……ごめん。」和樹はそこをそっと撫でた。「ごめん。」ともう一度繰り返した。 「大丈夫、だけど。……平気?」和樹の様子がいつもと少し違うことに気が付いたようだ。 「うん。ごめん。」和樹は涼矢を抱きしめた。「ねえ、涼矢。」 「ん?」 「挿れさせて。」  涼矢は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに元に戻った。「前の時から……何もしてないから、ちょっと、時間かかるかも。」前の時、というのは、和樹が上京する直前の時のことだ。その時も和樹に求められた。 「俺がやるから。」和樹は涼矢の下着を脱がせ、足を開かせる。手にローションをたっぷり取って、涼矢のそこをほぐしはじめた。初めての時と同じぐらい、いや、それよりも丁寧に、少しずつ。 「んっ。」涼矢は唇を噛みしめ、久しぶりの刺激に耐えた。  キスマークも、歯型も、マーキング行為だ。威嚇しなければならない相手などいないのに。そして、極めつけに、涼矢を深く貫こうとしている。誰のために、何のために、そんなマーキングをしなければならないのか。テツか。涼矢に手を出そうとした女たちか。もしかしたら、涼矢にこそ思い知らせたいのかもしれない。  やがて1本目の指がずぶずぶと埋まっていった。その指を少し曲げてやると、涼矢の身体は大袈裟なほどに反応した。 「大丈夫?」心の中では、いっそ力任せに犯してしまいたいという乱暴な欲望が渦巻いていたが、それをなんとか押さえこんで、和樹は涼矢を気遣った。 「……うん……。」 「2本目、挿れるよ?」  涼矢は黙ってうなずいた。既に埋まっていた中指を少し戻して、人差し指と共にもう一度奥へと侵入させていく。 「あっ……や、あっ……。」涼矢が身をよじらせる。片手で和樹の腕をつかんだ。  和樹は2本の指の間隔を少しずつ広げていく。1本目の時よりはだいぶ慣れて、涼矢のそこはすんなりと受け容れた。和樹がローションを追加すると、涼矢のそこからくちゅくちゅという音が聞こえてきた。それは涼矢の耳にも届いているに違いなく、涼矢は恥ずかしそうに、自分の腕を目の上に置いて、顔半分を隠すようにした。 「ダメ、ちゃんと顔見せて。」和樹はすぐにその腕をよける。その下には、上気した涼矢の顔。目は潤み、口は半開きで、ハアハアという息遣いが色っぽい。和樹はよけた涼矢の腕を下半身に持って行き、「こっちは自分で触って。」とささやいた。涼矢はおそらく、アナルだけではイケない。自分と同じように、後ろだけでイケるレベルまで開発したい気もするが、今はそこまでじっくり取り組む余裕がない。涼矢は自分でペニスをしごきはじめた。 「あ、あっ、かずっ……。んっ。」涼矢はさっきまでよりも激しく喘ぎ出す。和樹の指が中でキュッとしめつけられる。そこに、3本目を挿入していく。しばらく出し入れを繰り返し、充分に広がったことを確かめると、和樹は指を抜いた。その時だけは、わざと、荒々しく。「ああっ。」と、ひときわ大きな喘ぎが涼矢から発せられた。  和樹はコンドームをつけると、涼矢の両脚を広げさせた。腰を抱き、ゆっくりとペニスを挿入していく。  熱いな。  久しぶりに味わう涼矢の中。和樹のペニスをみっちりと包み込んでくる。  和樹は少しずつ腰を前後させ、涼矢の、より奥の方へと入っていった。入っていくほど、しっくりとなじむ気がする。――そうだ、確かにこんな感じだった。俺の形、まだちゃんと覚えてくれてるんだな。

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