70 / 1020

第70話 彼らの事情(10)

「和樹っ。」涼矢が切なげに和樹の名を呼んだ。「好き。」 「知ってる。」そんな風に素っ気なく答えてしまう。そんなの知ってる。おまえが俺を好きなことも、俺に見せるそのエロい顔も知ってる。でも、俺だけだ。俺の知らないとこで、俺の知らない顔なんかするな。和樹は深々と涼矢を貫いた。さっきまでの丁寧さはいつしか消え、少々荒っぽいやり方だ。もっと優しくしなきゃ。そう思う気持ちも頭の片隅にはあるが、涼矢を独占したい、支配したい気持ちが何倍も大きくて、衝動的に動いてしまうのを抑えられなかった。  そんな荒っぽいやり方に、涼矢は不満を言うでもなく、ただ、和樹の腕をつかむ手の力が強まった。それは痛みをこらえているのか、快感に耐えているのか、和樹に抱かれていることの再認識なのか、あるいはそのすべてが入り混じったものなのか。それは本人たちにも分からないことだったが、和樹はその手をほどこうとはしなかった。 「和樹。」もう一度涼矢がそう言った瞬間、和樹の中に渦巻いていた暴力的な欲情が、その強さのまま、ふいに愛しさに置き換わった。  激しい動きを止めて、「好きだ、涼矢。愛してる。」と言った。あふれてきた想いがそのまま言葉になったようだった。 「うん……うん……。」涼矢がうなずきながら、涙を一筋、こぼした。 「一緒にイッて?」和樹はそう言うと、再び涼矢の中を刺激した。 「うん。」涼矢はこれにもうなずく。こんな時の涼矢は、普段のクールさも、時折見せるサディスティックさも、ものの見事に消えて、まるで恋する少女のような可憐な表情を見せる。素直で一途な愛情を瞳に宿して。  そこからは、和樹も涼矢も言葉らしい言葉は交わさなかった。名前も呼ばなかった。息遣いと、体の反応でお互いのタイミングを計りながら、腰を動かし、昂め合った。 「イク。」最後に和樹がそう呟くと、涼矢もひとつ大きな息を吐いて、2人は同時に絶頂を迎えた。 「肩、平気?」落ち着いたところで、和樹が言った。2人ともまだベッドにいる。和樹は上体を起こして座り、涼矢は枕を抱いて横たわっていた。  言われて思い出したように、涼矢は自分の肩を見る。「うん。平気。」 「ごめんな。」 「大丈夫だって。……それよりケツ痛え。」 「すんません。」 「いや、ホントの最初の時よりは全然……。」 「……。」和樹にはよく分かる。 「最中は平気だったんだよ。今になって。」 「おまえも1人の時に自主練すればいいんじゃないの、アレ使って。」 「……考えておくよ。」 「ミヤちゃんにも言っちゃったんだろ?」 「何を?」 「両方できるって。」 「あー。」そして、ははっ、と笑う。「そうだ、言っちゃったんだった。」  和樹は涼矢の顔にかかる髪をかきあげて、その額にキスをした。 「アイロンは、もう少し待ってて。」涼矢が言う。 「何故今それ言う? いいよ、いつでも。」和樹は笑った。 「いつでもいいけど、やるのは俺なんだな?」 「そう。」 「シーツ、洗おうかな。」 「また?」 「またって、結構……アレな状態ですよ。」 「乾くだろ。」 「ただの水だったらね。やだよ、こういうもので汚れっぱなしって。」 「精液とローションと汗と……。」 「やめ。」 「洗っても、夕立かもよ。干すとこないよ。」 「そっか。」 「替えのシーツ、探してみる。」 「ん。」 「……なんか、生活って感じだなぁ。」 「生活?」 「洗濯とか、メシとか。本当に一緒に暮らせるようになったら、もっとこういう話、するんだろうな。」 「そりゃ、色っぽいことばかりというわけには行かないだろうね。」 「色っぽいことばかりしてえけどな。」 「おまえの家事能力が上がれば、効率のよい家事分担も可能となり、ひいては色っぽいことをする時間をより多く確保できます。」 「くはぁっ。」和樹はそんな声を上げて、バタリと倒れる真似をして、涼矢の横に寝そべった。 「あるいは、2人でめちゃくちゃ稼いで、家事を外注できるご身分になるという手もあります。」 「メイドさんとか雇って。」 「そうそう。」 「それいいなあ。」  涼矢は和樹の頭を軽く叩いた。「何すんだっ。」 「今、メイドと聞いて、いかがわしい顔した。」 「してねえよ。」 「したよ。今度そんな顔したら、俺がメイド服着るからな。」 「やめろ。ていうか、そんなデカいメイドがいるかよ。メイド服のサイズねえよ。」 「それは大柄なメイドに対する侮辱だぞ。」 「おまえこそ、俺のこと侮辱しまくりだろうが。貧民とか馬鹿とか。」 「それは事実を言ったまでだ。カッコいいとか可愛いとか言ってるのと同じだ。俺がおまえを侮辱なんかするわけがないだろ。」  するわけがない、と言われて、つい納得してしまいそうになる。和樹は結局返事を曖昧にして、ベッドから降りた。床に落ちているパンツを拾って穿いて、キッチンで水を飲んだ。 「よいしょっと。」涼矢も起き上がり、服を着た。 「ジジイか。」 「だってケツ痛えんだもん。」 「俺の苦労が分かったか。」 「ふうん?」涼矢がまたあのニヤリ顔をする。「苦労してたんだ? そいつは悪かった。もうおまえに挿れないほうが良い?」

ともだちにシェアしよう!