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第73話 彼らの事情(13)

 それからきっちり2時間、涼矢は勉強し、その間、和樹は漫画を読んだり、スマホで音楽を聴いたりゲームをしたりして過ごした。 「終わり。」涼矢はそう言って、テキスト類を片付けた。  イヤホンで音楽を聴いていた和樹にはその声は聞こえていなかったが、テキストを元の場所に戻す涼矢に気付いて、慌ててイヤホンを外した。「終わった?」 「うん。」涼矢は元の位置にもどり、ベッドの和樹側を向いて、床にあぐらをかいた。和樹は、ベッドから直接涼矢の胸にダイブするようにして抱きついた。その勢いに若干バランスを崩しつつも、涼矢はなんとか抱きとめた。 「待ちくたびれた。」 「うん。」 「謝れ。」 「何を?」 「待たせたことをだよ!」 「……なんで?」 「待たせたからだろ!」 「……川島さんと別れた理由ってさ。」 「何の話だよ。」 「クリスマスに冬期講習入れたことがきっかけだって言ってたよな? おまえのほうは、受験生なんだから、勉強優先なのは当然だと思ってた、と。」 「そうだけど、なんで今その話?」 「俺らは学生で、学業が本分だよな?」 「……。」 「勉強したからって、おまえに謝る必要ってある? 漫画読んで待ってるのは自由だけどさ、おまえも一緒に勉強したって良かったんだし、黙ってただ待つしかないわけじゃないだろ?」 「……でも、俺は綾乃に謝ったぞ。勝手に決めて悪かったって。」 「俺は先に、2時間勉強するっておまえに言っただろ? 勝手に決めてないだろ?」 「なんでそうやって屁理屈こねるかなあ。一言ごめんねって言えば済むことだろ。淋しい思いさせてごめんねーって。」 「え?」 「だから、ごめんねって言えばいいだろって。」 「そこじゃなくて、淋しいって? 淋しかったわけ?」涼矢は訝しげな顔をした。 「そう。だって淋しいだろ、せっかく2人でいるのに、俺放ったらかしで、背中向けて勉強してさ。」 「あ……ああ、そう。そうなんだ。」涼矢はまだ納得できていない表情だ。 「え、何? 何その反応。そういうの淋しいって思うの、変かよ?」言葉にすると、とてつもなく幼稚なことを言っている気がしてきて、その恥ずかしさを誤魔化そうと、逆に口調が荒くなる。 「だって、ここと、そこだよ? 1メートルも離れてない。2時間ぽっちだし。その後だって一緒にいるの分かってるし。それで淋しいって……。」涼矢は和樹を責めると言うよりは、自分に言い聞かせることで、話の内容を整理しているようだった。 「うるせえな、俺だって今、我ながらなんて女々しいこと言ってるんだと思ってるよ。それを、そんな、噛んで含めるように言うなよ。今、めちゃくちゃ恥ずかしいわ!」言葉通り、和樹の顔は真っ赤になっていた。涼矢に抱っこされているような体勢だから、余計に恥ずかしい。 「それは、悪かった。勉強してた間、待たせたことは悪いと思ってないけど、淋しい思いをさせたことと、それに気付かなかったことと、今そのことで更に恥ずかしい思いをさせたこと、以上の3点については、ごめん。ごめんなさい。」 「……めんどくせえ言い方だけど、いいよ、もう。」 「ごめんね。」涼矢は微笑んだ。「そこまで可愛いこと言うとは想定外だったもんだから。」涼矢は顔を傾けて、和樹に口づけた。 「ごめんだけでいいっつの。余計なこと言うな。」 「ごめん。」もう一度、キス。 「ん。もういいって。」 「お詫びに、後で、シーツ好きなだけ汚していいから。」 「それ、お詫びじゃねえだろ。」 「はは。」  いつの間にか夕立は上がっていたが、晴れると同時に日が落ちて、窓の外は薄暗かった。 「今日の晩メシ、何?」相変わらず抱っこ状態で、和樹が言った。 「結局それ? 淋しいとか言っておきながら。」 「その話題から離れたいんだっつの、察しろよ。」和樹は涼矢に強くしがみついた。 「あえて基本に立ちかえり、カレーライス、てのは?」 「いいよ。カレー好きだ。」 「和樹の好物はハンバーグにカレーに、あ、オムライスも好きだったよな?」 「今、俺のことオコチャマだと思っただろ?」 「思ったよ。」涼矢は和樹の頬にキスした。「でも、俺も好きだよ。ハンバーグも、カレーも、オムライスも。だから作るんだ。」 「そっか。ま、涼矢の作るものは何でも美味いよ。」  涼矢は、今度は唇にキスした。それはすぐに舌を絡めてのディープキスに変わる。「……俺には、これが一番美味しい。」 「オヤジくせえ口説き方。」和樹はようやく涼矢の膝から降りた。「続きはカレー食ってからな。」

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