76 / 1020

第76話 彼らの事情(16)

 和樹は言葉の意味を再確認するように、涼矢の顔を見上げた。落ち着き払って、微笑みさえ浮かべている顔。それを見れば、聞こえた通りの意味なのだと理解できた。和樹は立ち上がって、服を脱いだ。 「それも。」最後に残していたパンツを涼矢は顎で示した。和樹は言われた通りにそれも脱いで、全裸になった。「じゃ、続き、して。」和樹は再び床に正座するように座り、涼矢の股間に顔を埋めた。自分だけが全裸で、跪いての行為。否が応でも奉仕する側とされる側を意識させられる。  下着の上から、隆起を舐めた。グレーのパンツが水分を含み、徐々に色を変えていくのは、和樹の唾液のせいばかりとは思えなかった。 「ふ……はっ……。」少しずつだが、涼矢の呼吸が乱れてくる。顔も赤みを帯びてきていた。濡れた下着は、何も着けていない時よりも淫らに、よりくっきりと形を描写して、涼矢の昂まりを表していた。和樹は、下着ごと口に咥え、その形をなぞる。 「びしょびしょ。」口を離した一瞬に和樹が呟く。それから、下着をずらして、ペニスを露出させた。すぐにまたそれを咥える。 「あ、あっ……。」涼矢が喘いだ。より自分に密着させるように、和樹の後頭部を軽く押さえつける。和樹は涼矢のペニスを舌先で舐め上げ、喉の奥まで突っ込み、上顎にこすりつけ、頬の内側で愛撫した。涼矢は喘ぎながら、「和樹、の、中っ…。」と声を絞り出した。そこに挿入したいと言いたいのは分かったが、和樹はそれに応えることなく、口淫を続けた。「出ちゃう、から……もう……。」苦しそうに涼矢が言う。  ギリギリの瞬間に、和樹はペニスを口から抜いて、その根元を持って、先端が自分の顔に向くようにした。「出して。」  和樹がそう告げた瞬間、涼矢が射精した。 「ご、ごめっ。」涼矢がとっさに自分の手で和樹の顔を拭おうとするのを、和樹が止める。  和樹は顔にべっとりとかかった精液を指で拭い、舐めてみせた。「ここんとこ、ヤリまくった割に、結構濃いね。」 「……。」涼矢は赤い顔をして、無言だ。 「ご主人様、誕生日おめでとうございますぅ。」わざとしなを作って、和樹が言った。 「……強烈な誕プレだな。」涼矢は精液まみれなのも厭わずに、和樹にキスをした。 「抵抗ないの? 自分の味すんだろ?」 「エロ過ぎて味なんか分かんねえよ。」涼矢はもう一度キスをした。「顔、洗ってきなよ。気持ち悪いだろ。」 「これでパックしたら、涼矢みたいな美肌になりそう。」和樹は親指で頬の精液を塗り広げる仕草をした。 「なるかよ。いいから、洗ってこい。あと、服着て。」 「うっわ、自分が終わったらそんな?」 「あ、おまえイッてないのか。じゃあ。」 「いや、いい。今のはおまえへの特別ご奉仕だから。さすがに顔射されて勃たねえわ。」和樹は全裸のまま洗面所に向かう。 「俺だけ一方的?」涼矢も下着を取り替えた。  返事はなく、うがいと、顔を洗う音がした。洗面所から出てきた和樹は、脱いだ服をまた着た。涼矢の隣に座る。「本当は、結構勃った。」 「じゃ、ちゃんと……。」 「大丈夫。治まった。ちゃんとしたのは、寝る前にやる。」 「何その、予約制。」涼矢が笑った。 「それより、ケーキ食べよう。今ので、腹に余裕できた。」和樹は冷蔵庫に向かう。涼矢もお湯を沸かし始めた。 「たまには、紅茶にしようか。ティーバッグ買っておいた。」 「うん。」和樹はそこで思い出し笑いをするようにクックッと笑った。 「何?」 「カレー腹いっぱい食って、顔射してからの、お上品にティータイムかよって思ったら、なんか、おかしくて。」 「恋人たちは、一緒に食事を楽しんで、身も心も愛し合った上に、甘い余韻を楽しむんだ。」 「……涼矢の変換能力はすげえな。」 「変換なんかしてないけど。」  和樹がケーキを皿に載せようとすると、涼矢が「ちょっと待って。」とそれを止めた。「和樹は、どっちがいい?」 「どっちでもいいよ。涼矢がその2つ言ってたからそれにしたけど、俺も両方好き。あ、もしかして両方食べたかった?」  涼矢はちょうど沸騰したお湯で包丁を温めると、器用にケーキを2等分して、2分の1ずつを皿に載せた。「これで2人とも両方味わえる。」 「やっぱ几帳面だな、切り方までも。」 「神経質なものでね。」涼矢は紅茶を用意した。「それにおまえ、『一口ちょうだい』的なシェアは嫌いだろ?」  喫茶店でサンドイッチをもらう時にも思った。涼矢との初めてのデートの時、何の気なしに話したこと。女の子と外食すると、やたらとシェアしたがって、自分が食べたくて注文した料理が満足に食べられない。そんなどうでもいい愚痴を、涼矢はずっと気にかけているのだ。  それを嬉しく思いつつ、和樹は「でも、薄っぺらくなっちゃって、ローソクが立てづらいな。」と難癖をつけた。 「だから、要らないよ、キャンドルなんて。」 「でも、せっかくだから。」 「19の誕生日に5本てのも微妙だし。」 「いいじゃんよ、気分だよ気分。」和樹は無理やりに涼矢のケーキにキャンドルを突き立てだした。そして、なんとか立て終わってから言った。「あ、どうやって火をつけよう……。マッチもライターもチャッカマン的なものもない。おまえ実はタバコ吸ってて、ライター持ち歩いてるなんてこと、ねえよな?」 「ねえよ。……まったく、考えてから行動しろよ。」涼矢はキャンドルの1本を抜き、キッチンのコンロの火にかざして火をつけた。それを急いで他の4本に移す。キャンドルが細く長いタイプで良かったと思いながら、最初の1本をもう一度ケーキに差し込んだ。

ともだちにシェアしよう!