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第77話 彼らの事情(17)
「わぁ、涼矢くんたら天才。」
「俺がつけて、俺が吹き消すのか。」
「細かいことは気にするな。」和樹は照明を消した。「ハーイ、それでは涼矢くんの誕生日を祝して、せーの。」と言い、バースデーソングを歌い出す。もちろん、和樹一人で。「はっぴばーすでー でぃーありょーやー はーぴーばーすでー、とぅう、ゆぅううー。」最後まで歌い上げた。
「フェイクかけんな。」涼矢は笑って、それからキャンドルの火を吹き消した。
「おめでとう。」和樹は拍手しながら立ち上がり、再び壁のスイッチで照明をつけた。
「はいはい、ありがとう。」涼矢は5本のキャンドルを容赦なく抜いた。
「19歳の抱負は、いかがですか。」
「そんなもんないけど、まあ、元気に過ごしたいですね。」
「ジジイか。他には?」
「早く20歳になりたい。」
「19になったばっかりだっつの。」
「20歳になりたい……て言うか、大人になりたい。成人して、社会人になって、稼いで、自立して、自分で選んだ人と、堂々と生きていけるようになりたい。」涼矢は淡々とそう言って、ケーキを口に運んだ。ガトーフレーズ、和樹の言う、ショートケーキのほうだ。
「そんなに急がなくてもいいと思うけど。今は今で、今しかできないこともあるんだし。」和樹は涼矢の頭を撫でた。「俺が頼りないから、そんな風に思うんだろうけど。大丈夫だよ。」
「頼りなくないよ。俺のほうが全然ヘタレで……。悪口に1個追加しておいて、ヘタレの心配性って。あ、2個か。」
「おまえがヘタレなら俺はどうなっちゃうの。」和樹は笑って、自分のガトーショコラ、和樹の言うチョコケーキ、を、一口フォークに刺して、涼矢の口に押し込んだ。「おまえばっかり先に行こうとするなよ。対等に、一緒に大人になるって、言ったろ?」
涼矢は口をモグモグさせながら、うなずいた。
「でもさ。」和樹は大口を開けて、一気に残りのガトーショコラを食べる。
「ん?」
「成人式って次の次の1月だろ? おまえは20歳になってるけど、俺、19歳なんだよな。」和樹はバレンタインデー生まれだ。「みんなが祝杯あげてても、俺だけ飲めない。早生まれって損だ。」
「もうひとつ、たぶんおまえにとってはショックな話を教えようか?」
「何だよ。」
「養子縁組はな、1日でも誕生日が早いほうが、親だ。逆は認められない。ほら、前に、俺がおまえの籍に入れとか言ってたけど、あれ、そもそも無理だから。」
「ええっ、マジか。」
「息子よ。」涼矢は両手を広げた。
「おまえは俺の嫁なのにっ。せめてっ、せめて俺が親で……。」
「残念でした。」
「弁護士になって、法律を変え」和樹が言い終わらないうちに、涼矢がかぶせてきた。
「だから、弁護士に立法権はないと何度も言ってる。あきらめろ、未来の息子よ。でもさ、そんな嫌なの? 田崎になるの。」
「『タサキ カズキ』……って、なんか、漫才コンビみたいだろ。」
「は?」
「タサキでーす、カズキでーす、2人合わせて、ナントカでーす、みたいな。」
「え?」
「だから嫌だ。『トクラ リョウヤ』だったら、そんなことないだろ。」
「……それだけ?」
「それだけ。」
「バカバカしい。」涼矢は一笑に付した。
「バカバカしくても、一度気になったら気になっちゃうんだよ。」
「原さんと結婚したマキさんとか、水田さんと結婚したマリさんとか、浅見さんと結婚したアサミさんとか、大場さんと結婚したカメさんの気持ちを考えろ。彼女たちの勇気を見習え、馬鹿。」
「よくもまあ、ポンポンと出てくるね。友達の名前は覚えないくせに。」
「興味がある名前は覚える。」
「興味があったんだ、大場カメさんに。」
「だって、興味持つだろ、そんな名前でどういう一生送ったんだろうな、病院で名前呼ばれるの嫌だっただろうなとか、気になるじゃないか。」
「で、どんな一生だったんだ、カメさんは。」
「知らないよ、珍名さん特集の本に出てきただけだ。」
「……おまえ、なんつう本読んでるの。」
「法律の本ばっかり読んでると、そういうのが読みたくなるんだよ。とにかく、田崎和樹はそこまで業を背負った名前じゃない。ごく普通の、素晴らしい名前だ、分かったか。」
「……分かったよ。」
「そんなことはどうでもいいけど、このケーキ、めちゃくちゃ美味いな。」
「俺の一生の問題をどうでもいいとは……。」
「どうでもいい、という結論が出ただろ、たった今。」
「ああ、そうですか。ケーキが美味いのは同意するけど。」和樹の皿は既に空だ。
「もう少し味わって食べればいいのに。」
「美味しいものを口いっぱいに頬張ってこその幸せってのがあるだろう。」
「分からなくもないけど、こういう繊細なものは、やっぱりもうちょっと上品に……。」
「お育ちが悪いもんでね。」
「そんなことないだろ、都倉家の人々はきちんとしてるじゃない、おまえ以外。家庭環境のせいにしてはいけない。」涼矢は何度か和樹の家族と会っている。食事に呼ばれたこともあった。和樹が上京した後も、2回ばかり、和樹の兄の宏樹に誘われてごちそうになったこともある。
「俺はきっと拾われた子なんだよ……。」
「お母さんそっくりの顔して、何言ってんの。」
「似てるかな。」
「似てる。」
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