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第78話 彼らの事情(18)

「涼矢はあんまり似てないよね。どちらにも。横顔は少しお父さん入ってなくもないけど。」 「俺は母方の爺さんに似てるらしいよ。俺が生まれるずっと前に亡くなってるんで、会ったことないけどね。写真見る限りではそうでもないと思うんだけど、生前の爺さんを知ってた人はみんな口を揃えて瓜二つだって言う。」 「へえ、どんな人だったんだろうね。」 「女遊びがひどくて、おふくろには腹違いの兄弟が何人もいる。でも、正妻との間に生まれたのはおふくろだけでさ。そのせいで、本家の跡継ぎ問題がややこしいことになってる。」 「それはまた……顔は似てても、正反対だな。」 「死んだ理由もなかなか壮絶でさ。愛人との逢引きに使ってた別荘が放火されて、その時の大火傷が元で死んだんだって。一緒にいたはずの愛人は逃亡していて、愛人か、それとも女を盗られた男が腹いせで放火したんだろうとは言われてるけどね、爺さん、その時誰と一緒にいたのか、誰かと揉めていたのか、死ぬまで口を割らなかったそうだよ。もっとも、恨まれる心当たりが多過ぎて、絞り込めなかっただけかもしれないけどね。――という人物に瓜二つ、だそうだ。」 「うわあ……。」 「そんなわけで、法事なんかで仕方なくあっちの家に行くけど、俺も佐江子さんもあんまり良い思いはしないよね。祖母は善良な人だし、その分苦労もしてるから、祖母が生きているうちはなんとか耐えようと、佐江子さんと共同戦線はってるけど。そう言えば、俺に深沢姓を継がせるかもしれない問題ってのもあってさ。これはこれで田崎の家のほうとの兼ね合いがあって……あ、でも深沢和樹なら、漫才コンビにならないな? そっちのほうがいいか?」 「いや、それ、そんなバカバカしい理由で決めていいことじゃないだろ……。」 「バカバカしいと認めたか。」 「そんな話聞いちゃったら、そりゃ、そうだろ。」 「でも、こっちの話だって同じぐらいバカバカしいよ。くだらない。」ケーキの最後の一口を平らげた。「敵意剥き出しの叔父や叔母に、跡継ぎだのなんだの言われると、俺ゲイだから無理―!もうほっといてくれー!って叫びたくなる。」 「叫んじゃえよ。」  涼矢は苦笑する。「叫んじゃうか?」 「そうだよ、だってもう、佐江子さんにはバレてるんだし。」 「じゃあ、祖母の葬式の日には、そう叫んでくる。」 「おばあちゃんにはゴメンね、だけど。」 「いや、おばあちゃんは、そんなクズの爺さんと最後まで連れ添って、押し付けられた愛人のこどもも実子と一緒に分け隔てなく育てたような人だからね、ゲイごときではショック受けない。第一、佐江子さんの母親だよ?」 「納得した。」 「うん、俺、絶対叫んでくる。あっ、そうだ、いっそおまえも来い。この人と幸せになりまーすって宣言する。」 「おう、いいよ、行くよ。それ言ったら、スカッとするな?」 「うん。絶対すげえスカッとする。やべえ、おばあちゃんには長生きしてもらいたいのに、葬式が楽しみになって来ちゃった。」 「何年先でもいいよ。その分、スカッと気分も大きくなるんじゃない?」  涼矢は和樹を見つめた。祖父の話をしていた時とは打って変わって、晴れ晴れとした笑顔だ。「……ありがとな。」 「何が?」 「和樹に話すと、なんでも……悩んでたことも、誰にも言えなくてキツかったことも……スカッとする。」 「俺はなんにもしてないけど。聞いてるだけで。」 「うん。」涼矢はうつむいた。「でも、ありがと。」 「あ、泣く?」 「泣かねえよ。」涼矢は顔を上げ、ムキになって答えた。確かに泣いてはいない。泣きそうでもない。 「泣いたら可愛いのに。」 「今は泣かない。」 「いつ泣くんだよ。」 「おまえがいない時。ひとりの時。一緒にいる時に泣いてたら、もったいない。」  和樹は上半身を乗り出して、涼矢の頭を抱えこむようにした。「泣いてなくても、可愛い。」  涼矢は和樹の胸に顔をこすりつけ、呟くように言った。「宣言する時のセリフ、幸せになりまーす、じゃないな。幸せでーす、だ。もう、こんなに幸せだから。」 「ん。」和樹は涼矢の顎を引き寄せ、口づけた。「でも、これからもっと幸せになる。」 「そっか。もっと幸せになれんのか。すげえな。」 「とりあえず、その、もっと幸せの第一歩を。」和樹は涼矢の手を取り、目配せした。 「ベッドで?」 「そ。」  涼矢は笑って、和樹と手を握ったまま、立ち上がった。

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