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第85話 モトカレ(2)
簡単に乾杯をして、次々と運ばれてくる肉を焼き始めた。自然と、倉田と涼矢が焼き担当とになってくる。
「左利き。」倉田が左手でトングを扱うのを見て、和樹が言った。言った瞬間に、その左手の薬指に指輪があるのに気付く。
「そう、左利き。だから、この並びじゃないと、食事の時、右利きの人と腕がぶつかるんだよね。」哲は倉田の右側に座っていた。
「で、指輪。もしかして、結婚してるんですか?」と和樹が続ける。いつもなら、こういう個人的なことを尋ねるに当たっては、少しは気を使う和樹だ。だが、哲と倉田の関係の邪さへの反感から、そういった配慮をする気にはなれなかった。
「うん。してる。」倉田は全く動じない。「分かりやすく言うと偽装結婚。奥さんはビアン……レズビアンで、女性の恋人がいる。家庭に恋愛とセックスは持ち込まない約束で結婚した。」
「引いてる。」和樹の様子を見て、今度は哲が笑った。「こういう人なんだよ、このおっさん。真面目そうな顔して、呆れるよね。」
「おっさん言うな。」
「30はおっさんだよな?」哲は和樹に同意を求めてきた。
「まだ29だ。」
「あ、もっと若いかと。」和樹が言った。
「良かったね、若いってさ。若い子好きだから、必死に若作りしてるんだよねえ?」と、倉田の肩を無遠慮に叩きながら、哲がからかった。
和樹はなんとなくイラついて、自分の前にあった牛タンをひっくり返した。
「ひっくり返し過ぎだ。」涼矢が言う。
「へ?」
「それはもう、ひっくり返したらダメなやつだった。脂が落ち過ぎて美味しくなくなる。」
「あ、はい。すいません。」棒読みで謝る和樹。
そのやりとりで哲が大笑いした。「田崎って、彼氏の前でも田崎なんだな。」
「何が。」涼矢は和樹の取り皿の上にほどよく焼けた肉を載せてやる。さっきの「和樹がひっくり返し過ぎた肉」は自分の皿に。
それに気付いた哲が「あっ、でも、そゆこともすんだ。やっさしー。」と冷やかした。
「いいよ、それ、俺が責任取って食うから。」と和樹が皿に手を伸ばす。
「いい。そっち食え。」
「愛だねえ。」と、哲はまた冷やかした。
「愛はあるけど、それよりも、俺は俺の前で俺が作ったものをベストじゃない状態で食われるのが嫌いなんだ。」
「めんどくせ、ねえ、都倉くん、田崎って面倒くさくない?」
「面倒くさいよ。」
「前にね、回転寿司食いに行ったんだよ、2人で。そしたら、俺が皿取るたんびにすげえガン見して何か言いたそうにしてるからさ、何だと思ったら、俺がツナマヨ軍艦とカニサラ軍艦ばかり食ってることへの批判だった。回転寿司ぐらい好きに食わせろよって思った。」
「好きに食わせてただろ。なんで見るんだって質問されたから、答えたのであって。」涼矢はカルビ2枚を焼き始めた。
「でも、ツナマヨとカニサラばかり食う奴と一緒に寿司食いたくないのは分かる。」と倉田が言った。同じく、カルビを2枚。つまり倉田は自分と哲の分を、涼矢は自分と和樹の分を焼く、そんなルールが出来あがっていた。
「美味しいじゃん。」哲が反論した。
「そればっかり食う、ってところだよ。まだマグロばっかりなら分かるけど、マヨ系ばっかりってさ。頭悪そう。」倉田は相変わらずボソボソとそんなことを言った。
「頭悪そうって何だよ!」
和樹はつい吹き出した。
「笑ってるし!」
「だって、俺、いつもはそのポジション。涼矢に馬鹿にされる。」
「同志かぁ! ヨウちゃんも結構面倒くさくてさ、でも俺、そういう面倒くさい男って嫌いじゃないんだよねえ。だから田崎にも声かけちゃったりしてさ。……って、その話聞いてるよね?」
「聞いてる。」だから会おうと思った。どんな奴か見てやろうと思ったし、二度と手を出さないように釘を刺してやろうとも思った。実際に目の前にいる哲は、そこまで不快な奴ではなかったが、まだ信用は置けない。もう少し様子見といったところだ。
「あれさ、本当に、試しに声かけただけだから。その時は彼氏いるって知らなかったし、田崎がこんな一途なタイプだって知る前で。もう変な気起こさないから、心配しなくていいからね。」哲は屈託なくそんなことを和樹に言った。そんな風に言われたところで、やっぱりまだ、安心はできない。今カレがいる身でありながら、元カレともそんな関係を続けている、それを平気で友達に紹介できる、そういう人間の言うことをそう安易に信用することはできない。
「一途なんだ?」倉田が会話に入ってきた。視線の先には、対角線上の席の涼矢がいる。
「一途ですよ。」と涼矢は答えた。
「いいね。」倉田が微笑んだ。くしゃっと目尻に皺ができて、愛玩犬のような顔になる。不機嫌そうに見える真顔の時とのギャップが激しい。
「俺たちには縁遠い言葉だもんな。」哲は自虐的なことを言ってまた笑う。こちらは倉田と反対に、元から口角が上がった口の形で、常に微笑んでいるような顔をしている。
「俺は一途だよ。」と倉田が言った。
「どーこが!」
「哲みたいに何股もかけない。つきあってる時はそいつに一途で、他の奴と寝たりしない。」
「そりゃ、ほとんどの相手と1回限りだからだろ。」
「そうじゃない時もある。」
「じゃ、今は俺だけで、他にはいないんだ?」意味深なセリフ。
「いないね。哲だけだよ、今は。」倉田もそんな含みを持たせた言い方で答えた。
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