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第86話 モトカレ(3)

「明日までの期間限定の一途ね。」哲はそう言うと、涼矢と和樹を交互に見ながら説明した。「俺、明後日からまたバイトあるからさ、明日には向こうに戻らなきゃで。そんで、東京にいる間はヨウちゃんちにいるんだ。奥さんは彼女と旅行中だって言うからちょうどいいやと思って。」 「それが調布? 実家じゃないのか?」涼矢が聞いた。 「うん。俺んちは成増。」 「ってどこ?」 「埼玉に限りなく近い東京。板橋区。んでもって、その実家の前で元カレに、あ、これはヨウちゃんじゃない人ね、修羅場起こされて、親やその他にいろいろバレて、逃げるように遠くの大学に入ったんだよね。というわけで、実家には帰りづらい身の上なのです。」 「だからってうちに来るか、普通。」 「ヨウちゃんに普通って言われても。」 「まあ、それはそうだな。」そうだよな、と和樹も思う。 「修羅場って?」和樹は哲に聞いた。 「さっきヨウちゃんが言ったみたいに、俺、高校の時から、大抵は特定の彼氏作らないで、同時進行で何人かとつきあってるんだけどさ。つきあってると言うか、ねえ。1回限りだったり、セフレだったり、そういうの抜きで友達みたくなったり、いろいろなんだけど。その中の1人が、俺を独占したくなっちゃった、みたいな? ぶっちゃけ担任の先生だったから、住所とか本名とか丸分かりじゃん? 家まで来て、親に向かって、卒業後は息子さんと真剣とおつきあいすることを認めてください、なんて言っちゃってさ。親もビックリだけど俺もビックリだよ。そんな話したことないのに。」 「その教師はイカレてるけど、担任に手を出すおまえもおまえだよな。」と倉田が言う。 「手なんか出してないよ。何回か口で抜いてやっただけ。まあ、センセ、真面目過ぎたんだろうな。そんなつもりないけどって言ったら号泣。親にも泣かれ。近所にもバレ。高校中の噂となり。俺はいつしか伝説の哲と呼ばれるようになったのであった……。」 「まだ伝説にまではなってないから、帰れないんだろうが。」 「あはは、そうそう。今は生々しい。だって1年も経ってないもんねえ。受験前で逆に良かったよ。大学理由に地元から逃げられたから。」 「そういうのって、退学とか停学とかにはならないんだ?」和樹は素朴な疑問をぶつけた。 「禁止されてたのは不純な異性交遊だけだからさ、同性だったらセーフ!……なんてことはなくて、単に現役教師が相手だったからだろうな。先生は急病ってことにされて休職して俺らが卒業するまで戻ってこなかった。俺のほうは何のおとがめも無し。生徒会長だったんでね、変に処分するより何事もなかったことにしたかったんだよ、きっと。あんだけ噂になってなかったことにできるわけないのにねえ。好奇の目にさらされながら通いきって、最後は卒業式で答辞まで読んだ自分を、俺は褒めてやりたい。」 「生徒会長? 哲が?」倉田も知らないことだったようだ。 「そうだよ。俺、優等生だったもん。それがなかったらねえ、早慶あたりは行けてたはずなんだけどなぁ。推薦も何も全部ダメにしたよね。俺悪いことしてないのにさ。……でもいいや、N大入ったおかげで涼矢に会えたもんね!……あ、やべ、名前呼びNGだった。」  和樹は顔がカッと火照るのを感じた。涼矢の奴、哲にどう伝えたんだろう。 「名前呼びNGって?」倉田が聞いた。余計なことを、と和樹は思う。 「田崎を下の名前で呼んでいいのは都倉くんだけなんだって。超羨ましいよね、そういうの。俺もそういう彼氏欲しい。」哲はテーブルを両手で叩いて悔しがる「ふり」をした。 「哲には無理だ。」倉田が容赦なく言う。 「なんで断言するんだよぉ。」 「ビッチにはヤリチンしか寄ってこないからだよ。」 「ひっどい。」  そんな下世話な話をしながらも、皿はどんどん空いて行き、二度目の注文をした。倉田は肉と別にナムルと海鮮チヂミを注文する。 「単品料理は食べ放題とは別になりますが、よろしいですか?」店員が言う。 「いいです。……君らも食べる?」 「食べる。」と哲が言ったので、倉田は「それを2人前ずつ。あと生、もうひとつ。」と付け加えた。  店員が去った後で、倉田は「あ、今日俺のおごりだから。」と言った。 「え、いや、ちゃんと払います。」と涼矢が言った。 「いいよ。29のおっさんとしては、高校生と割り勘なんて恥ずかしいんで。」 「高校生じゃないってば、大学生!」哲が言った。 「あ、そうか。どうも哲が大学生ってことに慣れないな。」 「最初に会った時、俺、高1だったもんね。」 「どうやって知り合ったんですか?」和樹は、今度は倉田に尋ねた。2人の接点がどこなのか不思議だったのだ。 「それは言っていいの?」倉田は哲に確認する。 「ビッチ呼ばわりしておいて、そこ気にする?」哲はまた笑い、倉田に替わって、自分が答えた。「ゲイバー。ニューハーフがショーやるようなとこじゃないよ。ゲイの出会いの場みたいなところ、って言ったら分かる?」  和樹と涼矢は呆気にとられて何も言えなくなったが、その間も、哲と倉田は会話を続けた。 「年も誤魔化してな。もうすぐ20歳だなんて。」 「店以外で初めて会うことになった時、制服で行ったら、ヨウちゃん、超びっくりしてたよね。」 「19は嘘だと思ってたけどさ、高校生、しかも1年生だとは思わなかった。最初から知ってたら相手してなかったよ。その先生じゃないけど、社会人としては地雷案件だわ。」 「15も19も大して変わらないのに。」 「変わるよ。25と29は大差ないかもしれないけど、15って……、え、おまえ、あの時15か?」倉田はメガネの奥の目を大きく見開いた。 「誕生日来てなかったからね。あと、25はおっさんじゃないけど29はおっさんだよ?」 「黙れ、クソガキ。危うく俺、犯罪者だ。」

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