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第87話 モトカレ(4)

「でも、ガキが好きなんだよねー? 若い子好きっぽいなぁと思って、わざと制服着て行ったら目が輝いちゃって。」 「あれも計算か。」 「当たり前じゃん。」  倉田は呆れたようにため息をつくと、涼矢に向かって、「田崎くん、こんな奴、相手にしなくて良かったね。」と言った。 「ええ、まあ。」涼矢はニコリともせずそう言った。「でも、友達としては、それほど悪くないですよ。」 「なんでちょっと上からなんだよ、田崎ぃ!」 「友達と言えば、2人は、同級生なんだって?」倉田はジタバタする哲を放置して和樹に話しかけた。 「はい、高校の。」 「奇跡だねえ、あるんだねえ、そういうことも。」 「奇跡ですかね?」倉田はどうもつかみどころがなく、その言葉も素直に受け取れない和樹だった。「奇跡」と倉田が言うと、「ありえない、幻想に過ぎない」、引いては「上手く行っているのは今だけ、どうせ破局する」と言われているような気がした。 「男女なら分かるよ? 実際、俺の周りにも高校の同級生と結婚した奴はいるし。でも、なかなかないよね、君たちみたいなのは。」 「俺は、ゲイの人がレズの人と偽装結婚するほうが珍しいと思いますけど。」少しの棘を込めて、和樹は言った。 「それはそうでもないんだな。意外といる。それ専用の結婚相談所もあるぐらいだからね。」倉田はその棘に気付いているのかいないのか、飄々と答えた。 「奥さんとは、そういうので知り合ったんですか?」 「違う。何を隠そう、高校の同級生なんだよね。お互いの事情が分かったのは、卒業してから何年も経ってからのことだけど。」 「俺にはできないけど、それで上手く行ってるなら、いいんじゃないですか。そういうのって、人それぞれだし。」だから俺たちのことも変に特別視しないでくれ、そんな気持ちを無意識に込めた。 「うん。俺は割と世間体を気にするんでね。人並みに出世もしたいし、偏見と戦う気力もない。彼女もそうだった。利害が一致した、最高のパートナーだよ。」 「超可愛いよね、奥さん。」哲が割り込んできた。「そのへんのアイドルより全然可愛い。あ、写真持ってるよね、見せたら?」 「そんなの、見たいか?」と言いながら倉田はスマホをいじって、画像を出して、和樹に手渡した。  和樹は涼矢と一緒に倉田の妻を見た。確かに、可愛い。某アイドルグループの総選挙の上位よりもよほど可愛い。だが、冷静になってみると、このメンバーで、何故今自分は倉田の妻の顔なんぞを眺めているのかと自問自答せざるを得ない和樹だった。  それでも和樹は「相当モテたんじゃないですか、奥さん。」とお世辞混じりに言った。 「そうなんだろうね。俺みたいな地味な男がかっさらったもんで、相当恨みを買ったよ。結婚式の前夜に独身最後だとか言って、男連中と飲んだけどさ、そりゃもう飲まされて飲まされて、俺も酔っ払ったけど、そこらで泣きじゃくる奴はいるわ、俺に絡みまくる奴はいるわ。当日、俺と俺の友人席、全員土気色の顔だったよ。」 「あの。」和樹が切りだす。さすがにこの質問は、遠慮がちにしかできなかった。「こどもとか、そういうのは、どうするとかって、考えてるんですか。」 「うーん、それね。彼女との偽装結婚プロジェクトとしてはね、こどもは要らないって前提でスタートしたんだよ。でも、彼女も30だから……ちょっとは考えるみたいだね。俺は精子提供者になるのは構わないけど、難しいねえ、そこは。」 「ヨウちゃんがそんな真面目なこと考えてたなんて、意外!」哲はからかっているのではなく、本心から驚いた様子で言った。 「問題は、俺たちじゃなくて、そういう親の元で育てられるこどもだからさ。俺は自分のDNAなんか残したくない。そんなのゾッとする。ただ、奥さんがどうしてもと望むなら、協力する意志がないわけじゃないというだけで、父親にはなれないし、なるつもりもない。だとしたら奥さんとその彼女で育ててもらうことになるんだろうけど、そんな、偽装夫婦だろうと、クローゼットのレズビアンカップルだろうと、万全の家庭環境とは言えないし、それでこどもだなんてエゴ以外の何物でもないよね、と思うわけ。」倉田はビールをあおった。「……というところまでは、奥さんと散々話し合った。その上で結婚した。でも、変わるんだなあ、人の気持ちってのは。約束が違うって言うのは簡単だけどさ、俺だって奥さんのこと、セックスできないだけで大事な人ではあるから、言えないんだなあ。奥さんも俺に言えない。お互いの気持ちが分かり過ぎて、何もできない。……悪い、すっかりおっさん語りしちゃったな。」

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