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第89話 モトカレ(6)

「田崎、ひどい、ひどすぎる。て言うかずるい。俺もそんな充実したセックスライフが送りたい。」 「だったらさっさとあっち戻って、彼氏といちゃつけよ。一応あっちが本命なんだろ?」涼矢は冗談めかしてにやけるようなこともせず、淡々と言い放つ。 「哲、本命いたんだ。良かったな。」倉田は嫉妬の片鱗も見せない。 「ヨウちゃんにも話したじゃん、バイト先のバーの店長! でも、超忙しくってさあ。もう、みんなして俺のことひとりぼっちにして放置なんだもん、つまんないよ。」 「そう言ってあちこちでちょっかいかけるから、結局おまえのとこにはクズしか寄って来ないんだよ。」倉田が皮肉っぽい笑みを浮かべて言う。 「それってヨウちゃんの自己紹介だよね!」 「そうだよ。だから教えてやってる。俺みたいにならないほうがいいぞって。」倉田はもう1本煙草を取り出して、再び吸い始めた。「都倉くんや田崎くんは、絶対おまえにも俺にもなびかないよ。クズじゃないからな。でも、哲はまだ若いんだから、今のうちにこの子たち見習って路線変更しといたら? ノンケになれったって無理だけど、真面目なゲイになるのはできんだろ。」 「無理だよ。ずっとこんなだもん。」哲は倉田の吐きだす煙をじっと見つめた。「……あ。じゃあさ。」 「ん?」 「ヨウちゃんが禁煙に成功したら、俺もクズビッチやめるわ。」 「はあ? 何言ってるんだ。」 「ヨウちゃんが煙草吸いだしたのも、俺がこんななったのも、15からだから、一緒にやめよっ。」 「禁煙なんか簡単だよ。」倉田はそう言って、わざと大きな煙を吐いた。「何度もやった。」 「それ、何度も失敗してるってことじゃん!」哲は笑う。「俺だって毎回、今度こそ真実の愛!って思ってるけど、ダメなんだよ。だから、今度こそ、成功させよう、ね?」 「おまえの人生、俺の煙草で決めるの?」倉田は苦笑した。 「そう。」 「いいと思う。」和樹が言った。「ちょっと頑張ればできそうな目標のほうが、夢みたいな目標よりも達成しやすいって。それに、1人より、一緒に頑張る人がいたほうがもっと。」  倉田は和樹を見つめた。「きみは本当にいい奴だな。じゃあ、これ、きみに預けておく。」倉田はライターと煙草を和樹に渡した。  それらを受け取りつつ、和樹は言った。「馬鹿にされてます? 俺。」 「いやいや、そう聞こえたら悪かった。そのままの意味だよ。都倉くんがそう言ってくれるなら、本当に禁煙頑張ろうかなって思ったんだよ。そっちのビッチがどうなるかは別にしても。」 「頑張るよ、脱、ビッチ! 90パー無理だけど!」哲がいかにも軽く宣言した。「でさ、ヨウちゃん、都倉くんがすごく好みなのは分かってるけど、さっき自分で言ってた通り、絶対落とせないからね。落とそうとするのもダメだから。」 「おい、バラすなよ。作戦練ってるんだから。」その言葉に、涼矢が倉田を睨む。倉田は低い位置でホールドアップのような仕草をして、「嘘だよ、何もしませんて。」と涼矢に向けて言った。  哲も倉田を睨んだ。「田崎は俺の、数少ないセックスを伴わない友達なんだから、余計なことしないでよ。都倉くんに変なことしたら、俺まで田崎に嫌われちゃうだろ。」  セックスを伴う友達もいるのか? と言うか、伴っているなら、それはもう友達ではないんじゃないか?……と和樹は思うが、何も言わないでおく。 「引いてる。」倉田が和樹の表情を見て言った。 「引いてませんよ。理解できないだけです。」と和樹は言った。「でも、理解しようとは思ってます、そう見えないかもしれないけど。」 「いいんだよ、理解できなくなって。単なる友達とはセックスしちゃいけないのか?なんて質問に対して、グダグダ理屈こねて論破しようとする奴より、そんなもん友達だからダメに決まってるって感情的に思う奴のほうが、俺は好きだね。」 「そんなこと言われたって、別にヨウちゃんに好かれたいわけじゃないもんね?」哲が和樹に言った。 「哲が妙なこと言ったせいで、都倉くんが困ってるみたいだから、フォローしてやってるんだろうが。」 「フォローになってないじゃん。余計困ってるじゃん。もう、おっさん面倒くさいよ。財布だけ置いて先帰れ。」 「ああ、いいよ。その代わり今日、俺んちに入れないからな。」 「明日にはあっち戻るもん、一泊ぐらい、そのへんで適当に誰かひっかければどうにだって。」 「クソビッチやめるんじゃないのか? じゃ、都倉くん、さっきの煙草返して。」 「あきらめ早過ぎですよ! もうちょっと頑張って下さいよ、2人とも。第一、俺、困ってないし。フォローとかいいですから。」  その時。 「ああ。」涼矢が突然、何かを思い出したような表情で、そんな声を出した。 「な、何。」和樹はびっくりして涼矢を見る。 「哲は友達多いけど、女の子ばっかりだと思ってたら、だからか。そういう理由で男友達、作れないのか。」 「今、そこ?」哲が笑う。「その通りだけどさ。」 「男だと、寝たい相手か、寝たくない相手か、どっちかでしか見ないからな、こいつ。」倉田が言う。 「寝たくないような奴は論外で友達になんかならない。寝てもいいと思う奴とは、寝るか、これから寝るかのどちらか。すっごく寝てみたいけど、絶対寝ないことにしたのは田崎ぐらいだ。そんな風に思ったの、他にいないよ?」何故か得意気に言う哲。 「それが本当ならさ。」倉田は哲を目を細めて見た。「田崎くんて、哲にとって、初めての本物の友達なんじゃないの。」 「あ。」哲は涼矢の顔をまじまじと見る。「そっか。へえ。なるほど、こういうのが友達か。」

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